生活のたのしみ展
”かるさ”が命を守る。──mont-bell(モンベル)の根底にある考えかた 辰野勇(モンベル創業者、現・会長)×糸井重里 対談
4. 「失敗」なんてない。
辰野
モンベルには「地域提携」を
担当するセクションがあるんですけど、
そこでの活動も、
いま非常に盛り上がっているんです。

けっこうニュースにもなっていまして。
糸井
具体的にはどういったことを
されているんでしょう?
辰野
我々は、環境保全や地域活性の
後押しをするようなことを、
たくさんやっているんです。

たとえば、昨日も行ってきたんですが、
全国で「SEA TO SUMMIT」という
環境イベントをおこなっています。

これは、海からスタートして、
カヤックと自転車と登山で
山の頂上をめざすというスポーツの大会です。

個人でも、グループでも参加できるもので、
日本のあちこちの場所で開催しています。

目的は「みんなで環境のことを考え」、
「各地域をもっと元気にする」ということ。

ですから、大会の初日は必ず
環境について考えるシンポジウムをおこない、
2日目にスポーツの大会、
というかたちにしています。

また、大会ごとにレベルや距離を変えて
幅広い人がたのしめるようにしていたり、
地域のおいしいものを食べられたりと、
毎回さまざまな工夫をしています。
糸井
なるほど。
辰野
ただし、これは1地域につ
き年1回、2日間だけなので、
もっと各地域を盛り上げていきたい。

そこで「ジャパンエコトラック」という
概念のシステムも作りました。

これは新しい旅の提案をするもので、
全国をトレッキング、カヤック、
自転車といった
「人力」だけで旅していくための
ルートマップを作っていってます。

いま完成しているのは全国に
10か所ほどですが、
各地域との連携で作っているもので、
このマップで旅をする人たちの受け入れ体制も
徐々に整備していっています。

各地域に
「365日いつでも来てくださいね」
ということであり、
また同時に、自然豊かな日本を
アクティビティで旅してもらうことで
「環境への意識を高めてもらえれば」
と思っています。
糸井
はぁー。
辰野
またその先に、モンベルは
さまざまな地方自治体と
「七つのミッション」という名前の
包括連携協定を結んでいるんですね。

これは、次の7テーマについて、
各地方自治体とモンベルが
「協力しながら一緒にやっていきましょう」
と約束しあうものです。
1)自然環境保全意識を高める
2)子どもたちの生きる力を育てる(野外教育)
3)人々の健康増進(自然体験を通じて)
4)防災意識向上・災害時の対応力向上
5)地域経済の活性(エコツーリズムを通じて)
6)農林水産業のサポート
7)障害者・高齢者のためのバリアフリー
この協定はいま、23か所の地方自治体と
結んでいますが、
県の単位では三重県、長野県、鳥取県と
結んでいます。
また京都府も参加したいという話があります。
それ以外の市町村が約15か所。
糸井
はい、はい。
辰野
そして、何を申し上げたいかというと、
この結びつきは
そのまま「防災協定」にもなるんです。

たとえば自治体ごとに、
モンベルのテントを100張置いてもらえれば、
どこかが被害に遭ったとき、
ほかの19の自治体に声をかければ、
1900張のテントが用意できるわけです。

1つの自治体でそれだけの数を
用意するのは難しいですけど、
みんなで協力すればできることがある。

これがですね、いま、非常にあちこちから
声をおかけいただいてまして。
糸井
ええ、ええ。
辰野
モンベルはものづくりがベースですけど、
実はこういったことを
むちゃくちゃいっぱいしてるんですよ。
糸井
うすうすは感じてましたけど、
そうなんですね。

そしてぼくは仕事において、
そういう「遠景」を忘れないことが、
非常に大事だと思うんです。
辰野
「遠景」とはつまり、「ビジョン」ですね。
糸井
そのとおりです。
まさしく「ビジョン」の話で。
辰野
もう亡くなられましたけど、
ぼくのビジネスの師が、
こんな話をしてくれたことがあるんです。

3人のレンガ積み職人がいて、
それぞれレンガを積んでいたらしいんですね。

そこに男がやってきて
「あなたがたは何をしているんですか?」
と聞いたそうなんです。

すると1人目の職人は
「わたしはレンガを積んでいるんです」
と答えたと。

2人目の職人に聞くと
「わたしはレンガを積んで、
壁を作っているんです」と答えたと。

そして3人目の職人は
「レンガを積んで壁を作り、
それはやがて大聖堂になるんです。
だからわたしは子供が大きくなったとき、
この教会のレンガは自分が積んだのだと
見せてやりたいんです」
と答えたと。
糸井
ああー。
辰野
この3人の職人たちのしている行為は同じ。
だけど人生の質は
まったく異なりますよね。

1人目はただ積めと言われて積んでいる。
2人目はすこし見えているけど
全体は見えていない。
3人目は、積んでいるレンガが
やがて何になるかを理解してやっている。

そういう話があって
「社長の仕事とは、
みんなにいま積んでいるレンガが
何になるかをちゃんと見せることだよ」
と教えていただきまして。

これ、本当にその通りで。
糸井
そうですね。
その「遠景」が視線に入っていれば、
コケたり失敗したりしても、
また走り出せますから。

たしか辰野さんの本で、
アメリカの進出時にうまくいかなかったことを
サラッと
「プライスレスな貴重な体験ができた」
と書かれている部分がありましたよね。
辰野
ああ、そうかもしれません。
糸井
あの非常に軽やかな
「失敗という経験が得られた」
という言いかたが、
ぼくにはおもしろかったんです。
辰野
まあ、いつもいろいろと失敗ばかりですが。
糸井
いまでも失敗してますか?
辰野
そうですね。
狙い通りにいかなかったことは、
やまほどあると思います。

ただ実は、ぼくは友人から
「おまえは『失敗』という概念を
持ってないんと違うか」
と言われたことがあるんです。

そして考えてみると
「自分でもそうかもわからんな‥‥」と。

自分は毎回「失敗」だと思ってなくて、
ただの「不都合」だと
考えている節があるんです。
糸井
いま話を聞いていても、そう思います。
辰野
そしてぼくは、ほしいものが
必ずしもすぐに手に入らなくても
「その目的への道を探すことが人生の醍醐味だ」
と考えたほうがいいかもなと思うんです。
糸井
山登りもそういう感覚ですか?
辰野
だと思います。

さらに言えば、
「もし目指すものがたとえ
手に入らなかったとしても、
そこへ向かって歩きつづけたプロセスが大事」。
そんなふうに思うんですよ。
(つづきます)