谷川俊太郎、kissなどを語る。
しかも、新作『kiss』を、「ほぼ日」で
1000枚限定特典付きで発売します。

第13回
しゃがみこんで、紙くずを読んだ日。


 
糸井 日常の会話で交わされる言葉にビクッとしたり、
人びとの言葉のなかに、
「詩」を発見したりすることは、ありますか?
谷川 それはもちろんあります。
文脈、前後のコンテクストによるんだけど、
「これは詩的だ」と思うことがありますよ。
でも、単語1個に対してピンとくることは、
ほとんどないです。
だいたいが、ひとつながりの言葉。
それにぼくは、詩的な言葉より、
自分の現実の人生に
はね返ってくる
言葉のほうが好き。
そういうのがどこかから聞こえてくると、
頭のなかでアンダーラインを引いたりします。
糸井 ぼくは、そういうことがすごく
増えてる感じがするんですよ、今。
谷川 うん、なるほど。
糸井 自分でもなぜなんだろうな、と
思ってるんですけどね。
ご存知のとおり、「ほぼ日」には
メールがいっぱい来るんですが、
4、5日に1回ぐらい、
「うわーっ!」って思うことがあるんです。
谷川 ほんと? 4、5日に1回もあんの?
はぁ!
糸井 ある1行に対してだけでなく、
全体で「この景色はいいな!」
という文章が来るんですよ。
昨日なんか、そのまんま引用して
ページに貼りつけちゃったメールがあるんです。
それはどういう内容かというと、
ええっと、お母さんが、
ほんとはオチャメなお母さんらしいんですけど、
「生き別れしたときに、抱いたらわかるように、
 きょうだい3人、ぜんぶ抱き方を変えて育てた」
という話なんです。
谷川 ほぇっ!
糸井 「あんたたちの目が見えなくなっちゃってても、
 お母さんに抱かれたときに、
 『あ、お母さんだ』ってわかるように、
 私はみんなを育てたのよ」
というのを、年取ってから温泉に母と行って、
布団を並べて寝たときにはじめて聞きました、
というメールなんです。
谷川 はぁぁ。いいねぇ。
糸井 いけるでしょう?
そのお母さんのなかに詩があったし、
聞こえた子どものなかにあったし、
それをメールに書きたくなっちゃったときにも、
ぜんぶにつながってる。そして、
ぼくがそれをある日曜日の午後に読んで
泣いたりしてるわけですよ。
思わずぼくがページに貼りつけると、
また違うものが送られてきたりするんです。
そういうのはね、4、5日に1回あるんですよ。
谷川 うーん!
糸井 あれも憶えてるなぁ、
子どものお誕生会の話。
なんてことない、
小学校3、4年生ぐらいの子どもの
こじんまりしたお誕生会で、
ケーキを前にしたときのことなんです。
マイクを向けたふりをして
「感想は?」と訊いたら、
「かわいがってくれてありがと」
って言った(笑)。
谷川 うんうん(笑)。
糸井 そんなのがいっぱいあるんですよ。
プロで毎日つくんなきゃいけない人たちは、
困っちゃいますね(笑)。
吉本隆明さんに対しても、あの人はもともと
詩人だと思うんだけども、
なんでもない思い出話をしてるときに、
いつでも景色がきれいなんですよね。
谷川さんはご自分で
「エピソードがない」っておしゃったけど、
たしかにエピソードは聞こえてこないんですが、
視線はいつも共有できるんですよ。
ぼくは、谷川さんの詩のなかでも、
いちばん好きなくらいの詩は、
子どもがただ並んでるという、
「見てる」詩があるんですよ。
谷川 あぁ。
糸井 子どものことをただ「かわいいね」と、
助詞なしで「かわいいね」という言葉が出てくる。
あの詩がぼくに
詩を書いていいんだって
思わせたようなものです(笑)。
谷川 えぇ? ほんと。
糸井 うん! 何の本に入ってた詩だっけな?
とにかく、ちっちゃい子が並んでる姿を書いてる。
その景色は、谷川さんが
「見てる」景色なんですよ。
ぼくが谷川さんの詩に対して
うわー! って感じるときって、
「眼」
なんですよね。
谷川 ああ、なるほどね。
糸井 それは、ご自分の
「エピソードがない」っていうのと、
すっごい近いところにあるような気がする。
谷川 そうかもしれませんね。
ぼくは、生き方についても
アンチ・クライマックス派なんです。
ドラマを避けるんですよ。
ドラマティックになるのは、照れくさいの。
だから、エピソードが少ないんでしょうね。
もっとおおげさに騒げば、みんな
「それがエピソードだよ」って
言ってくれると思うんだけどね。
なんとなく、実際には
大袈裟なことをやってるんだけど、
それを表現としては大袈裟にしたくない
ところがあります。
糸井 ってことは、谷川さんは、
カメラにずっと追いかけまわされちゃったら、
もう生きてはいけないですね。
谷川 そうですね、イヤですね。
糸井 ドラマだらけのように映っちゃいますもんね。
谷川 そりゃわかんないけどさ(笑)。
糸井 いや、映っちゃいますよ、そりゃ。
谷川 そぅお? そっかな。
ちゃんと規則正しい、
すごく平凡な生活をしてますけどね。
糸井 え? じゃあ、
その平凡な暮らしを、教えて下さい。
谷川さんは、早起きなんですか?
谷川 8時半か9時ぐらいですね。
夜寝るのが1時ぐらい。
わりとよく眠れるたちだから、
不眠に苦しむことはなくて。
なんか、やっぱりここ7、8年、
ひとりものになってから、
自分が体壊したりすると人に迷惑をかけるから、
ちゃんと健康管理しなきゃ、
と思うようになってきて。
糸井 大人ですね。
谷川 単なるじいさんですよ(笑)。
それに気をつけるようになって
自然に、食べるものも、菜食系が好きになって、
生活が規則正しくなって。
朝昼晩と、少量ながらもちゃんと食べる
みたいな生活している。
しかも、ちょっと、なんか健康法みたいなことも、
わりとなまけずに毎日やっている。
糸井 どんなことしてるんです?
谷川 今やってるのは、気功の一種ですね。
糸井 ふーん。
谷川 そういうのを、ちょっと人に教わったりして、
自分でできることをやる。
それがけっこう、気持ちいいんですよ。
ギックリ腰にならなくなったりね。
あ、そうだ、それから、
できるだけ歩くようにしてます。
自転車はもう使わないようになって、
買い物は、できるだけ歩く。
車は東京では使いにくいので、
ほとんど地下鉄に乗るんですよ。


♪ココをクリックすると、音声を聴くことができます♪
糸井 あ、車に乗らなくなった?
谷川 車は持ってますし乗りますけども、
できるだけ歩くということを心掛けています。
ぼくの生活のなかで、いちばん平凡ではないのは、
自分で自分のマネージメントをするのが、
すごく時間がかかるようになっちゃったことかな。
やっぱり、それこそ「活発に」
動いてるからなんでしょうね。
日程調整とか、
過去の著作物の権利関係どうする、とか。
それも苦痛ですね。
糸井 それは、できたら誰かに任せたいことですね。
谷川 任せたいんだけど、なかなか。
自分の判断が入んないとだめなことが多くて。
もちろんある程度事務的なことは、
手伝ってもらってるんですけどね。
全部は任せられないんですよ。
糸井 ふーん。
谷川 だから、何とね!
事務ばっかりやってると、
創造的な仕事をしたくなっちゃうんですよ。
「何だか詩でも書きたいな」とかさ。
「3枚のエッセーでもいいから、
 ちょっと事務仕事はやめといて、
 今書こう」なんていうふうになりますね。
これ、ほんとに意外だったんだけど。
糸井 反作用みたいに、
湧いてくるものがあるんですね。
じゃ、谷川さんから事務的な仕事を
取っちゃ困っちゃいますね。
谷川 うん、取っちゃうと
何もしなくなっちゃうかもしれないし(笑)。
糸井 ぼくは、学校を中退して
肉体労働のバイトをやってるときに、
自分がインテリだと気づいたんですよ。
谷川 おぉ。
糸井 焚き火しちゃあ競馬の話したり、
ワイ談したり、寒いだの、うまいだの
言うだけの毎日。
そんなとき、焚き火をする紙くずの新聞紙を、
しゃがみ込んで読んでいる
自分に気づいたんですよ。
谷川 いい話ですね。
糸井 ぼくもアンチクライマックスなんだけど、
自分としては、このことを
ハッキリ憶えてるんです。
「なし」でいられないんだ俺は、って。
ぼくの人生があっちの方向に
行かなかった理由が、あの瞬間だったんです。
逆の状況がないと
必要なものがわかんないっていうことは、
すごくありますね。
谷川 そうですね。
糸井 「詩を書く」とかいうことを、
毎日やってるはずがない。
谷川 そんなはずないですね。
だから、気が向いたら、書く。
時間を問わず、気が向いたら、夜でも朝でも。
糸井 締切りがあれば。
谷川 そう(笑)。
<対談は次回が最終回です。おたのしみに!>

●●●●谷川俊太郎さんの、詩の世界●●●●

運命について

プラットフォームに並んでいる
小学生たち
小学生たち
小学生たち
小学生たち
喋りながら ふざけながら 食べながら

<かわいいね>
<思い出すね>
プラットフォームに並んでいる
おとなたち
おとなたち
おとなたち
おとなたち
見ながら 喋りながら 懐しがりながら

<たつた五十年と五億平方粁さ>
<思い出すね>
プラットフォームに並んでいる
天使たち
天使たち
天使たち
天使たち
だまつて みつめながら
だまつて 輝きながら

      『二十億光年の孤独』(創元社)より

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谷川さんの「kiss」について

「kiss」はCDショップなどで
2月5日より発売されています。
ショップにない場合は、
店頭にてご注文くださるか(商品番号PSCR-6105)、
インターネットの各ショッピングサイトにて
お買い求めくださいませ。
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2003-02-14-FRI


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