1とんでもない賞金レースの、その後。

──
袴田さん、おひさしぶりです!
袴田
こちらこそ、おひさしぶりです(笑)。
──
4年前、「日本で唯一の砂漠」である
伊豆大島の「裏砂漠」で別れた以来ですね。
袴田
2012年の11月でしたっけ。
──
正確には、伊豆大島の裏砂漠からほど近い、
地元の居酒屋で別れた以来です。
袴田
はい、そうでした(笑)。

裏砂漠でローバーの走行実験をやったあと、
みんなで飲みに行ったんですよね。
──
なぜ、4年前に
僕らが裏砂漠までついていったかというと、
火山灰に覆われた環境が
けっこう月面に似てるってことで、
袴田さんたちが
ローバーの走行実験をやったんですよね。

そのようすを見学させていただいたんです。
袴田
あのときは、まだプロトタイプでしたけど。
──
そもそもの「いきさつ」をお話しますと、
2012年の夏くらいでしょうか、
当時、すでに
「Google Lunar XPRIZE」というレースに
参戦していた袴田さんたちが
「ぼくら、こんな挑戦をしてるんです!」と
「ほぼ日」にメールをくださって。
袴田
はい。
──
何だろうと思って調べてみたら、
「Google Lunar XPRIZE」というのは
以下のような賞金レースでした。

「自力で月面に無人探査ローバーを送り込み、
500メートル以上走らせ、
かつ、解像度の高い画像や動画などのデータを
地球に送ることができた最初のチームに
XPRIZE財団から
優勝賞金『2000万ドル』がもらえる」と。
袴田
ええ。
──
正直、ちょっと「笑って」しまったんですよね。
つまりその、「なんだ、これ?」って。
袴田
まあ、急に聞いたら‥‥そうですよね(笑)。
──
だって、「ゴールが月」って映画みたいな話だし、
優勝賞金が「2000万ドル」ということは
日本円でざっと「22億円」だし、
いろんなことが、もう笑うしかないスケールで。

しかも、そのレースは
すでに「2007年」に「よーい、どん!」って、
スタートしてたっていうじゃないですか。
袴田
そうなんです。
──
つまり、僕らが知った時点で
もう5年間も、そんなとんでもないレースが
静かに開催中だったわけで、
「え、ぜんぜん知らなかった!」と(笑)。
袴田
ぼくらも、参戦したのは2010年でした。
──
当時の記憶をたどりますと、
たしか
「2015年中には、ローバーを完成させて
月へ向けてロケットを飛ばす」

って、おっしゃっていたような気が‥‥。
袴田
そうなんですよ。でも、できなくて。
そのつもりで、やってたんですけど。
──
でも、まだレースが続いてるってことは、
まだ、どこも、達成できてないんですね。

参加している世界30チームのうち、
どのチームも、まだ。
袴田
はい、今はもう、挑戦を諦めたり、
あるチームが別のチームを吸収したりして、
16チームに減っています。

で、これまでに
ロケットを飛ばしたチームは出ていません。
──
でも、ここへきて、
袴田さんたちの「チームHAKUTO」は
auさんなど大きなスポンサーもつき、
テレビでCMを放映したりと、
にわかに「そろそろ感」を醸し出してきました。
袴田
あれからローバーの改良を重ねてきまして、
さっきも言いましたが、
4年前は試作機、
まだプロトタイプだったんですけど、
実際に月へ送り込む「フライトモデル」が、
もうすぐ完成する予定です。
──
「HAKUTO」(はくと=白兎)という名前も
裏砂漠のときは
まだ、ついてなかったと思うんですが、
ローバーの性能自体も、進化してるんですね。
袴田
ええ、だいぶ。
──
正直、4年前、恵比寿のご事務所のころって、
ビルそのものが、
なんと言ったらいいのか、ちょっとこう‥‥。
袴田
ええ、けっこう‥‥ボロくて(笑)。
──
まるで上海の九龍城かのような雰囲気で、
当時の袴田さんたちは、
本業が経営コンサルタントだったり、
宇宙工学に詳しかったり、
みなさんエリートだったと思うのですが、
イマイチ、こう、
「ここから宇宙へ、
ロケットが飛んでいく気がしない‥‥」

というのが、率直な感想でした。
袴田
たしかに、そうだったと思います。
当時は、少したいへんな時期でもあって、
取材してくれるメディアもなくて。

つまり、その、「ほぼ日」さん以外には。
──
たいへん、とおっしゃいますと?
袴田
当時、僕たちは
「ホワイトレーベルスペース」という名前で
活動していたんですが、
「ヨーロッパのチームの、日本側の参加者」
という位置づけだったんです。

でも、そのうちに
ヨーロッパ本体の運営がうまくいかなくなり、
2012年の末に、
われわれ日本側がヨーロッパを吸収して、
チームの運営権を、こちらに移したんですよ。
──
つまり、僕たちが取材させていただいたのは、
そのゴタゴタの真っ最中だった、と。
袴田
日本主体でやっていこうと決めたものの、
もともとは、
われわれ日本がローバーの開発を行い、
ヨーロッパが
着陸船を開発するという話だったんです。
──
「月まで運んでいく係」がヨーロッパで、
「月で走らせる係」が、日本。
袴田
でも、ヨーロッパがいなくなっちゃって、
ローバーが完成したとしても、
月に持っていく手段もなくなっちゃった。
──
どんなに、いいローバーを開発しても
月に持って行けなければ‥‥。
袴田
ですので、ローバーの開発と平行して
ローバーを月へ運ぶ着陸船を
探さなくては、ならなくなったんです。

で、方法には二通りあって、
自分たちで着陸船まで開発してしまうか、
他社の着陸船に
お金を出して乗せてもらうか、どちらか。
──
自前で開発するのは、たいへんですよね?
袴田
はい、たいへんです。

レースには「純民間機」という条件があるので
技術的にはもちろんですけど
「50億円」くらいかかる開発のためのお金を
自分たちで賄わなければならないし。
──
う、わー‥‥。
袴田
当然、そんな資金が、あるわけないです。
そこで「お金を払う」、
つまり他社の着陸船のスペースの一部を
買い取るというかたちで、
ローバーの運搬にかかるコストを抑え、
ローバー自体も、
どんどん軽く、ちっちゃくしていこうと。

重量によって、運賃が変わってくるので。
──
宅配便と同じ原理ですね。
袴田
結果的に、
自分たちでは着陸船を開発しないことで
コストを一気に下げて、
なんとか、お金を集めてやれるレベルに
落ち着かせることができたんです。
──
じゃ、運ぶ会社も決まってるんですか?
袴田
はい、「アストロボティック」という、
アメリカのベンチャー企業です。

彼らは、地球から月へ
物資を運ぶ事業をはじめようとしていて、
月へのフェデックス、
月へのクロネコヤマトになりたいと‥‥。
──
おお。
袴田
実は彼ら、このレースにも参加している、
ライバルチームでもあるんですが。
──
つまり、アストロさんとこのローバーも、
HAKUTOといっしょに、飛んで行く。
袴田
そう、さらにもう1チームのローバーも、
載せていく予定だそうです。
──
つまり、ローバーが3機、同時に月面に?
袴田
はい。
──
じゃ、そこから「よーい、どん!」と?
袴田
そう。
──
すごい! 超見たい、そのレース。
袴田
おもしろそうでしょう?(笑)
──
いや、ロケットの打ち上げがバラバラの場合、
先に月面に行ったライバルチームが
500メートル走るとかの
「優勝のミッションをクリアできるかどうか」
を、別のチームは
固唾を呑んで見守る感じになるんだろうな、
と思っていたんです。

そういうレース展開なんだろうな、と。
袴田
ええ。
──
でも、3チームが同時に月面着陸となると‥‥
がぜんレース感が高まるじゃないですか!
袴田
デッドヒート、でしょうね(笑)。
──
着陸船から、降りる順番とか‥‥。
袴田
そこは、不公平にならないように、
全チームが降りてから、
「よーい、どん!」となると思います。
──
そのあたりのルールって、
グーグルさんが、決めてるんですか。
袴田
いえ、グーグルはスポンサーですけど、
そのへんは、とくに、何も。

あくまで、われわれの間の。
──
紳士協定。
袴田
そう。
──
とにかく、いちばんはじめに
ミッションをクリアしたチームが優勝。
袴田
そうなんです。
<つづきます>

2016-06-29-WED