HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN × ORIX Buffaloes
		野球の人・田口壮の新章 はじめての二軍監督
12 野球人の一家団らん

二軍監督の一日。
朝6時起床、シャワー、
そして、車の道中で弁当をパクパク。
球場着、練習、ゲーム、
全体ミーティングのあとは、また練習です。

その間にも細かな打ち合わせが行われ、
帰宅するのはだいたい夜7時すぎ。
選手時代や解説者の頃は、
この時間に帰っての夕飯などめったになかったことなので、
「やっと一家団らんできますね」
と言われることもあるのですが、そうもいきません。

夕飯のテーブル上では、パソコンで一軍の試合中継。
部屋のテレビでは、他球場の試合中継。
あっちを見て、こっちを見て、
中継に没頭しすぎて上の空の僕は、
学校で起きたあれやこれやを
話してくれようとする寛(12歳)の言葉を、
「おっ、チャンスや! ちょっと待って!」
と遮り、ヨメからの大切な連絡事項の報告に対し、
「ところで今日の試合でなあ」
と、二軍戦の報告を延々返す。
構ってくれと引っ掻いてくる犬は
「テレビ見えなくて邪魔だからどきなさい」
と移動させられる。
これが我が家の「一家団らん」です。

選手を育てて一軍へ送り出すのが僕たちの役割ですが、
上げたらそれでおしまいではありません。
上の試合を見るのは僕の大切な仕事であると同時に、
巣立って行った我が子の
「はじめてのおつかい」を見守るような、
そんな嬉しい瞬間でもあります。
もし戻ってきてしまったら、
また一からじっくり話し合ってやり直せばいい。
けれど今このひと時、僕は彼らのファンとなって、
目いっぱいの声援を送ります。
先日中村一生選手がサヨナラヒットを打った時など、
あまりの嬉しさに小躍りして、
びっくりした犬たちに激しく吠えられてしまいました。

一軍の中継を見ている間、
すなわち食事中、すなわち「一家団らん」中にも、
仕事の電話が入ります。
その間、食卓にいる家族は何分でも待っていてくれます。
僕の仕事を一番理解し、応援してくれている家族。
一緒のテーブルを囲んで食事をしていても、
僕の意識は完全に野球に飛んでいますが、
家族と一緒の空間にいるだけで
僕の気持ちは落ち着くのです。
とりあえず、僕の気持ちは。

一軍の試合が終わると今度は真夜中に向けて、
本格的に仕事の電話が続きます。チームは生き物。
一軍の状況を鑑みながら、タイムリーに相談をして、
翌日の練習や試合に活かすことが、
二軍の役目なのですから。

そんなふうに
これ以上ないくらい家に野球を持ち込んでいる僕は、
たぶん家族からすれば、夫で、父親である前に、
野球人なのでしょう。
しかしきっとヨメも息子も理解してくれている、
と心の底から信じていたのです。先日ついに、
「野球抜きでごはん食べてみたいな‥‥」
と、ふたりがぽつりと言うまでは。

僕が熱くなるほどに冷めていた食卓の味噌汁。
わかってる。わかっているけど、
そのバランスが僕にはどうにも難しいのです。



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