HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN × ORIX Buffaloes
		野球の人・田口壮の新章 はじめての二軍監督
1 監督の信用

なかなか本来の実力を出し切れず、
2軍で調整しているコーディエ投手です。
熱血漢で、やる気十分の彼ですが、
家族と離れた異国での日々は
確実にパフォーマンスに影響しています。

日本人にとっては、仕事の単身赴任が
半ば当然のようにとらえられがちですが、
アメリカ人の心の平穏は家族あってこそ。
まして言葉の通じないこの国で、
彼がどれだけの孤独や不安と戦っているかは、
想像に難くありません。
コーディエ投手ばかりではなく、
来日しているすべての外国人選手に言えることです。

こんな時、球場でかけてもらえる
母国語での温かい声援は、
何よりもの力になります。
どんなに短いフレーズでもいい。
英語で一言、励ましの言葉をかけてあげてください。
紙に書いて、見せたっていいのです。
たったそれだけ、と思われるかもしれませんが、
本当にたったそれだけが、
まるで魔法のように
外国人選手のパワーの源になるのです。
自分の居場所を得たような安ど感は、
パフォーマンスの向上につながります。
ファンの皆さんがその選手を活かす鍵になるのです。

「すぐに上に帰ってみせるよ!」
と意気込むコーディエ投手は、
誰よりも熱心に練習に取り組んでいます。
僕にできることは、少しでも彼の話を聞いて、
一緒に食事をし、心の安定につなげていくことです。
先日、そんな僕の気持ちが通じたのかな、
と思われる出来事がありました。

こっぴどい内容の敗戦後、
いつも以上に檄を飛ばした翌日のことです。
とかく身体の動きづらい午前中の試合前、
走り込みを入念に行うようにと伝えてあったところ、
ランニングする長い選手の列の後方から、
顔を真っ赤にしてフルスピードで
トップを目指す男の姿が。

コーディエ投手です。激走です。

「ソウがしっかり走れと言ったじゃないか。
 だから俺はそれを信じて、
 言われたことはなんでもするぞ!」

じーん。
僕を信じてついてこようとしてくれる選手の心意気に、
深く感動したその翌日、
今度は「まったく信用のない自分」を
思い知ることになりました。

前日の雨のあおりで、
ナゴヤ球場での試合が中止になったのです。
マネジャーからの電話で
午前の早い時間に中止を知らされた僕は、
とりあえず右隣の部屋にいる
前田バッテリーコーチにラインを入れました。
「中止」
するとほどなく
「ハテナマークのスタンプ」がかえってきました。
そこで今度は僕が、
「(練習のため)11時半出発」と送ると、
「うそですよね?」
なんで俺が朝もはよから、
うそつきラインを送らなあかんねん、と、
前田コーチの部屋に「中止や中止!」と乗り込むと、
「だって僕、そんな連絡受けてないですもん」
「俺は監督やから、一番最初に連絡がくんねん!」

なんということでしょう。
前田コーチは、田中マネジャーからの連絡を
100パーセント信じる一方で、
僕の言うことなんて、
これっぽっちも信じていないのです。

「おう、それならちょっと、
 竜太郎(辻竜太郎打撃コーチ)のところいこうや!」
僕は前田コーチを誘うと、今度は左隣の部屋にいる
辻バッティングコーチの部屋を激しくノックしました。
「竜太郎! 竜太郎! 遅刻やで!」
半ボケの辻コーチが、慌てて飛び起きます。
「試合や! 集合に間にあわへんぞ!」
「えっ‥‥?」
ホテルの廊下だというのに、僕はアンダーシャツ一枚。
前田コーチに至っては裸足です。
到底試合に向かうとは思えないその姿に、
辻コーチがいぶかしげに聞いてきます。

「‥‥何‥‥してるんですか‥‥?」
「遅刻は冗談や。今日は試合中止やから」
「はあ? ホンマですか?」
「ホンマやって。中止」
「だって、僕、そんな連絡受けてないですよ」
「だーかーらー、
 俺は監督やから最初に連絡がくんねんて!」

監督なのに‥‥監督なのに‥‥。



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