第8回 ホームランという最高の誘惑

糸井 あの、何人かの野球選手から
同じ話を聞いたことがあるんですけど、
「打球を遠くまで飛ばす選手」
というのは、選手のあいだでは
無条件に尊敬されるらしいですね。
 
田口 天性ですからね。飛距離は。
糸井 技術や知識ではなく。
田口 ある程度は技術です。
というか、どうやったら遠くへ飛ぶか、というのは
ぼくらも知ってはいるんです。
「スタンドまで飛ばしなさい」と言われたら、
こういうふうに狙ってこう打つんだという
メカニズムはわかってます。
でも、そこから先はもう、天性です。
糸井 体つきとか、筋力とかいう
わかりやすいものだけでもなく。
田口 そうですね。「飛ばす」という天性。
 
糸井 自分にその天性があるかないかというのを、
選手はどこかで決めているんですかね。
田口 どこかで決めてるんでしょうね。
本当のことをいえば、
みんなホームランバッターとして
やっていきたいにきまってますから。
糸井 そういうもんなんですね。
田口さんの場合はどうだったんですか。
やっぱり、プロに入るまでは
ホームランバッターだったんですか。
田口 いや、ぼくは大学時代から、
あまりホームランを打ってないですね。
もともと飛距離のあるほうじゃなくて、
ライナーをがんがん打つタイプだったんです。
だから、ホームランを打つにしても
右中間スタンドにライナーで、
というのが理想でした。
糸井 じゃあ、ふだんのバッティングの延長に
ホームランがあるというような。
田口 そうですね。
だから、ホームランバッターじゃないですね。
糸井 というよりも、
ホームランじゃない部分の能力が
自然と研ぎ澄まされていくというか。
田口 ああ、そうですね。
だから、ホームランを狙って打つという方法は、
いちおう知ってるわけです。
だから、年に何回か、そういう、
狙って打つようなことができるんですね。
 
糸井 頻繁に使う能力じゃないけど、
錆びてるわけじゃないんですね。
田口 はい。だから、イチローなんかも
たぶん、同じことを言うと思うんです。
あいつ、ホームラン打てって言われたら、
なんぼでも打てるはずなんですよ。
糸井 その技術があるから。
田口 はい。だから、飛距離にしても、
おそらくアメリカ人のパワーヒッターと
同じぐらいの飛距離出しますよ、あいつ。
糸井 あーー、そうですか。
 
田口 でも、そのときに
打率がどのくらいになるかという話で。
二割五分でいいんだったら、あいつ、
50本くらい打つかもしれないですよ。
糸井 やっぱり、そうなんですか。
ご本人も、そういうふうなことを
おっしゃるときがありますよね。
田口 たぶん、ほんとにそうだと思います。
糸井 なるほどね。
つまり、イチロー選手だけじゃなく、
いまプロとしてやってる選手は、ほぼ全員が、
「狙えっていうなら狙えるよ」
っていう力を持ってるんでしょうね。
田口 はい。
糸井 そういうものなんですねぇ。
でも、それって、野球をやっているうえで
最高の誘惑でしょう?
田口 はい。打ちたくなるときがありますね。
糸井 そうでしょうねぇ。
それって、さっきのバント話と真逆ですよね。
客観的に見ている自分が、
ホームランを狙うことを止めるわけですね。
田口 あ、そうですね。
糸井 「ホームラン狙うところじゃないだろ」と。
田口 「おまえ、そういう選手じゃないだろ」と。
「バント、行っとけ」みたいな(笑)。
 
糸井 そういうのって選手どうしでは、
ばれちゃうもんなんでしょう?
「あ、あいつ、狙ってやがる!」という。
田口 ええ、狙ってる選手というのはわかりますね。
ホームランバッターじゃない人が狙ってたりすると、
「やめとけよ」って思いますね(笑)。
糸井 わかりますよね(笑)。
だって、観客でもちょっと感じるときあるんです。
「あれ? 狙ってる?」とかって(笑)。
田口 いや、わかるでしょうね。
やっぱり、延長に入ったりすると、
「自分で決めたい!」っていう思いが
どんどんどんどん強くなってくるんですよ。
糸井 あーー、なるほど。
実際、延長戦って、
ホームランで決まることが多いですよね。
田口 多いですね。
糸井 あれって、じつは、それを狙う人が多いというか、
「くじを引きに行ってる人の数が多い」
っていうことでもあるんですね。
田口 そうだと思います。
おそらく、9人が9人、
頭のどこかには、必ずあると思うんですよ。
糸井 「オレのホームランで決めたい」という思いが。
田口 はい。狙うわけじゃなくても、頭にはある。
それをおさえて塁に出ようとするのか、
あるいは、そのまま狙っちゃうのか。
もしくは、塁に出ようとした結果
ホームランになるのか。
そういういろんなパターンがありますけど、
必ず、打者が9人並んだら、頭の隅っこには、
「俺、ヒーローになれるかも」っていうのが
あるんですよ、きっと。
糸井 はーー、説得力あるなぁ。
だから、延長戦って、どういうわけか
打線が急に淡泊になって
すいすい進んでいくことがありますよね。
あれって、じつは、バッターのほうが
そうしむけているということでもあるんですね。
田口 そうです、そうです。
糸井 同じピッチャーがずっと投げてて、
疲れてるし、見慣れてるようにも思えるけど、
バッターが「牛耳られやすい」ような状態で
バッターボックスに立ってるんだ。
田口 そうなんです。
なかなか決まらない延長戦というのは、
そういうパターンにはまっていることが多いですね。
糸井 ああ、そうか、そうか。
じゃあ、そういうときに、
「本当に全員が一丸となって
 つないで1点をとりにいく」
ような野球ができるチームがあったら
そうとう強いんですね。
田口 強いでしょうね。
もちろん、監督は口を酸っぱくして
「つないで1点とるぞ!」って言うんです。
で、ぼくら選手も「塁に出るぞ!」って思うんです。
でも、やっぱり、まあ、
心全体が100だとしたら、1とか2くらいは
「ホームラン打てる可能性もあるんじゃない?」っていう
悪魔の囁きみたいなものを聞いちゃってるんですね。
糸井 そういうこともあって、さっきの
「カミサマ、初球だけ狙わせてください」
っていうことになるんですね(笑)。
でもさ、そういうのがまったくなかったら、
つまんないよね。
田口 うん、そうだと思います。
それが、野球のおもしろさ。
試合のおもしろさかなって、思いますね。
糸井 その葛藤みたいなのがあってこそ、
終わったあとでこうやって
しゃべれるんですもんね。
はーー、おもしろいわぁ。
 
田口 (笑)


(続きます)


2008-03-12-WED

(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN