翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

第七十一回配信 
キリスト教原理主義 対 9.11陰謀論 その3


先回は、選挙運動だけでなく
ときにテロ活動までまじえて
アメリカの世の中を動かそうとする
キリスト教原理主義のひとたちの様子を紹介しました。
今回は9.11陰謀論のひとたちが
政治を動かそうとする様子を観察します。

政治を動かす方法/9.11陰謀論者の場合(1):

“政府の陰謀を暴く、真実を求める運動だ”
といいながら
陰謀論ビデオの監督たちが取材を受けたり、
陰謀論の学者さんたち
「9.11の真実のための研究者の会(以下研究者の会)」
がシンポジウムを開いたりして
彼らが信ずるところの”真実”について
多くの人を啓蒙しようとするのが、
今のところの彼らの活動です。

ところが実のところ、
彼らがしゃべればしゃべるほど
彼らの嘘が明らかになり、
はたで聞いているとつらくなるような、
陰謀論者たちの傲慢さが明らかになるばかり…
というのが現状です。

【嘘だと知った上での発言】

「研究者の会」の中心メンバーで
ミネソタ大学ダルース校の哲学の教授
ジェームズ・フェッツアーが、
ロサンゼルスで「研究者の会」の
シンポジウムに参加したときの発言が
ネットで流れています、

ユナイテッド93便の乗客がテロ犯たちに反撃して、
機を墜落させてテロ計画を防いだという事実について、
彼は攻撃しています。
「アメリカ人の乗客の一団なら
 カッターナイフ持ったハイジャック犯なんか、
 荷物で殴り殺してしまうと思いますがね」
つまり、
簡単にハイジャックが成功したこと自体が
そもそもおかしい、
ハイジャックそのものが捏造なんじゃないか? 
という突っ込みで、
同意した陰謀論ファンの聴衆からも
笑い声がもれています。

同じようなことを、
9.11陰謀論ビデオ『ルース・チェンジ』の
監督ディラン・エイブリーもあるラジオの
インタビューで言っています。
「(カッターナイフ持って
 ハイジャックしようなんてやつにあったら)
 そいつらの鼻先で笑ってやるね!」

彼らはそろって笑いものにしていますが、
機長の交信や、
旅客機内からの電話の内容からわかった、
米政府の9/11リポートにも書いてある事実はこうです。
少人数だったテロ犯たちは、
乗客乗員を従わせるために、
「爆弾をもっているぞ」と言ったのでした。

彼ら陰謀論者のみなさんは、
9.11テロに関する
アメリカ政府発表の内容がおかしいと、
事細かに論点を出して主張しています。
ですから、
政府の9/11リポートを
隅々まで読んでいるはずです。
つまりこれらの発言で陰謀論者たちは、
リポートで公表されたハイジャックの手口を
わざと知らないふりをして、
“カッターのなにが怖いんだよ”と
事件の犠牲者の恐怖を
笑いものにしているのです。

エイブリー監督が
9.11犠牲者に向ける冷笑はこれにとどまりません。

同じラジオ番組で彼は、
新たな陰謀ネタを得意になって紹介しています。
ペンタゴンに激突したアメリカン航空77便には、
雑誌『ナショナル・ジオグラフィック』の
研修旅行で
カリフォルニアへ行く予定だった小学生、
バーナード・ブラウン・Jr.くんが
搭乗していました。

ブラウンくんの父親、国防総省勤務のブラウンさんは
「飛行機が怖い」といいだした息子を
説得して旅行へ送り出し、
事件当日は
たまたま休みをとってゴルフをしていました。
事件の後のブラウン氏の気持ちを想像すると、
こちらまでつらくなるような経緯ですが、
ディラン・エイブリーにとっては、
新たな陰謀論のネタでしかありません。

“ペンタゴンに勤務していた人間が、
 わざわざ9.11当日ゴルフをしていた興味深い話”
として紹介した後、エイブリーは言いました。
「実は、連絡先を探して
 彼に電話しようかと思ってたんだ。
 9/11について話してみて、
 何か口を滑らせるかどうかね。
 でも、彼は陰謀に深く関わってると思うんで、
 電話して話すって頭悪いよね。
 つーか、自分の息子を死に送り出したことについて
 話してみるってヤバいよね(笑)」
 
薄ら笑いしながら、
ブラウン氏を陰謀の一味扱いしています。
何を根拠に彼はそこまでの確信をもてるのか。

『ルース・チェインジ』の中でエイブリーは、
“ペンタゴンに突っ込んだのはボーイングではなかった”
という説を紹介しながらも、
「ハイジャックされた飛行機の乗客がどうなったか、
それはわからない」としか言っていません。

「どうなったかわからない」としか自分では言えない
ハイジャック機の乗客に対して、
しかも、カッターナイフの発言でわかるように
自分の陰謀論は嘘・言いがかりを
たくさん含んでいると自分で知っているはずなのに、
なぜここまで冷笑的に、
また傲慢になれるのか?

ペンタゴンが主導している戦争に反対なら
ストレートに反対すればいいだけの話です。
ブラウン氏がペンタゴンに勤務しているというだけで、
犠牲者であるブラウンさんの親子を
陰謀の妄想を弄ぶための
コマにしていいはずがありません。

ごくごく控えめにいって、
アメリカで9.11陰謀論を主導している人たちの頭の中には、
かなり異常な混乱があるように思えます。

【妄想のせいで「真実」が遠ざかる?】

それでも、ただの混乱したひとたちならば、
政治的には無視されて終わりのはずなのですが、
エイブリー監督のビデオ『ルース・チェインジ』は、
今年の春にグーグル・ビデオで視聴数No.1になり、
その後もグーグル・ビデオでコンスタントに
視聴されています。
すでにかなり流行しているのです。

妄想と事実とをわざとあいまいにするような
陰謀論的発想が流行すると
どういうことになるでしょうか?
またもや「研究者の会」のメンバーで
ジャーナリストのウェイン・マドセンの報道に、
陰謀論的発想の有害さの実例があります。

倒壊したワールド・トレード・センター(WTC)の
現場で作業した人たちは、
建設作業員、警官、消防士など
かなりの割合で現在病気になっています。
細かい粉塵を吸い込んだことによる
呼吸器系の病気が一番多いようなのですが、
それ以外に白血病、非ホジキンリンパ腫などを含む
さまざまな種類のガンの症例が多いと報じられています。

これについて、
マドセンは自分のサイトでこう報道しました。

「(WTC作業員たちのあいだで)
 核爆発や原子炉の放射能漏れなどによる
 強度の放射線被曝を受けた人に共通する種類のガン、
 非ホジキンリンパ腫が異常に高い割合で発生している。
 コンクリートその他の有毒な粉塵が原因の
 呼吸器疾患に加えての、
 これらの放射能系ガンは、WTCとWTC7棟が
 高いエネルギーの放出によって
 倒壊したのではないかと考える研究者たちの
 大変な関心の的になっている」

つまり、
“WTCがアメリカ政府の陰謀によって爆破された
 と疑っている(「研究者の会」の)研究者たちは、
 非ホジキンリンパ腫他のガンの発生は
 WTCで核爆発があった証拠かもしれない
 と関心を寄せている。”
とマドセンは遠まわしに言っているわけです。

果たしてそうでしょうか?

非ホジキンリンパ腫の
原因といわれるものを探ってみると、
放射線被曝のほかにダイオキシンがあります。
ダイオキシンは他にも骨髄腫など
各種の癌を誘発するのではないかと疑われています。

この毒物は
塩素のはいった物質が
不完全燃焼すると発生するそうです。
すずきちは9.11から一月半くらいあとに
WTCのグラウンドゼロに行きましたが、
そのときですらまだ、
地下で何かがいぶされていて、煙が立ち込めていました。
WTCの廃墟には塩化ビニールなんかの破片も
たくさんあったはずですから
ダイオキシンが発生する条件は十分です。

実際にアメリカ環境庁(EPA)は、
9.11直後にグラウンドゼロ周辺の
ダイオキシン濃度を検査しています。
そしてEPAが発表した結果は…
「WTC周辺の大気サンプルは
 ほとんどが安全なレベルだった」とのこと。

なんだか納得できなかったので、
更に調べてみると、
WTC近辺のグラウンドゼロで検出された
大気中のダイオキシン濃度は
毒性等量180ピコグラム/
立方メートル(180pg-TEQ/m3)。
わかりにくいですが、
これは日本の環境基準の300倍
国際基準の54倍の濃度だそうです。

また、WTC関連の健康被害を積極的に調査・治療している
ニューヨークのマウント・サイナイ病院も、
WTC廃墟から発生したダイオキシンについて
とくに子供の健康に対する注意をよびかけています。

WTC倒壊現場のダイオキシン濃度の危険性を、
隠蔽してませんか? アメリカ政府。

もちろん、グラウンドゼロのダイオキシンと
多くの現場作業員のガンとの相関関係は、
ちゃんとした疫学調査をしなければ結論はでません。
とはいえ、
「9.11の真実を求める研究者の会」は
真実を求めるといいながら、
“政府がWTCを爆破した”
という妄想にこだわるあまり、
「アメリカ政府による
 ダイオキシン毒性の隠蔽」という
より可能性の高い"真実"から
遠ざかってしまっているんじゃないでしょうか?

今まさに沢山のWTCの作業員の方々が
病気でつらい思いをしているわけですが、
それをこんな風にネタにして妄想でもてあそんで、
陰謀論者のみなさんは、
なにがうれしいんでしょうか。

今回は、9.11陰謀論者の主張が、
とても世の中を動かすようなものでないことを
観察してきました。

次回は、
こんな9.11陰謀論者たちがどのように
アメリカの政治を動かしてしまうのかを観察します。

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2006-10-27-FRI

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