翻訳前のアメリカ。
そのあたりのこと、現地ではどんな感じ?

第五十四回  11月2日の敗者


大統領選挙の投票が目前ですが、
アメリカのジャーナリズムの関心は、
ブッシュとケリーどちらが当選するか?もさることながら、
投票の一票一票がちゃんと集計されるのか?
そして選挙の結果が無事にでるのかどうか?
にも向けられています。

フロリダの再集計騒ぎで世界に醜態をさらした
2000年の大統領選挙から4年経っていますが、
問題のかたまりとしかいえないような
アメリカの選挙システムは全然改善されていない様子。
むしろ新しい問題すらでてきているようなのです。

日本のような住民票制度がないアメリカでは、
選挙で投票するためには事前に
有権者登録をしておく必要があるのですが、
9-11のテロを起こした実行犯19人のうち8人までは、
テロの準備でアメリカの各地に在住している期間に
その気にさえなれば有権者登録することが
可能だったといわれます。
アメリカ市民でなければ不可能なはずの
有権者登録すらそんなに容易に不正が出来てしまう
アメリカの選挙システムのガタガタとどたばたを
ご紹介しましょう。

過去の選挙の不正でなんといっても有名なのは
BBCなどで活躍するジャーナリスト、
グレッグ・パラストの調査報道で明るみにでた、
2000年大統領選挙で選挙の結果を決定したと
信じられているフロリダの有権者登録の不正です。
彼の『金で買えるアメリカ民主主義』に詳しいのですが、
こんな話です。
重大な犯罪で有罪になった人は選挙権を失います。
フロリダ州の選挙管理当局からの受注で
選挙権を失った犯罪者のリストを作成したDBT社は
単なる同姓同名や名前が似ているという程度の理由で
まったく無罪の有権者を多数リストアップし、
大変多くの有権者の投票権が奪われました。
このリストには人種欄があり、
黒人有権者がねらいうちのように投票権を奪われた
といわれています。
選挙が終わり結果が出た後にこの事実を知った
黒人権利擁護団体 全米有色人種地位向上協会(NAAC)は
フロリダ州務長官とDBTを人権侵害で訴えました。
裁判では結局DBTは和解しNAACの協力の下、
2002年の中間選挙とそれ以降の選挙のために
正確なリストを作成することに合意しました。
そして改めてリストを作成したところ、
なんと5万人が不当に選挙権を奪われていたことが
判明しています。

試しに、この調査をもとに2000年のフロリダの得票を
計算しなおしてみましょう。
フロリダ州のブッシュとゴアの公式最終票差は537票。
このときの選挙のフロリダ州の投票率は約50%ですから
5万人のうち実際に投票したと考えられるのが2万5千人。
うちほとんどが黒人もしくはマイノリティだとすると、
彼らは7対1から10対1の割合で民主党よりに
投票するといわれますので
537票差は確実にひっくり返っていたはずでした。
この不正なデータベースの運営を含めて
2000年にフロリダ州の選挙運営の責任者だった
キャサリン・ハリス元州務長官は4年経った現在でも
「イラクの戦争はおまえのせいだ」
というような嫌がらせ電話やEメールを受け取るそうです。
正直、あんまり同情する気になれません。

一方、民主党側の選挙違反については
ウォールストリートジャーナル紙のコラムニスト
ジョン・ファンドが最近出した本
"Stealing Elections"(「選挙を盗む」)
に詳しく紹介されています。

選挙の不正にも、有権者登録に関するもの、
不在者投票に関するもの、開票集計に関するもの、
あらゆる段階のものがありますが、
この選挙違反にすら
共和党と民主党それぞれに特色があるそうです。
大まかに言って、
投票の権利を拡大しようとして
有権者でない人等にまで投票させてしまうのが民主党、
投票手続きのルールを厳正化して
正当な有権者すら投票できなくしてしまうのが共和党
といえるようですが、
ジョン・ファンドが紹介しているのはほとんどが
民主党側の不正事例です。

有権者登録のスキャンダルでは、
ペットのスプリンガー・スパニエル犬や
サンディエゴ動物園のゾウが、
有権者登録されているのが発見されています。
ゾウは共和党のマスコットだけに
共和党がひいきだったかもしれませんね。
人間の場合は8歳の子供が登録されていたり、
死亡したはずの人が登録されたままで
かつ投票もしていたという例がざらです。
アメリカで幽霊の出番は普通、
10月31日のハロウィーンと決まってるのですが、
11月まで頑張って投票までするなんて、
幽霊のくせにえらいお達者です。

不在者投票も容易にできるようになっていて、
今回の大統領選挙では
総投票数の2割に達するのではないかと予想されていますが、
これも不正の温床になっています。
選挙運動員が不在者投票用紙を抱えて老人ホームへ出向き、
まさに票をとりまとめてその施設まるごと全部が
特定候補の票になる・・・なんて話もあります。

開票集計の不正に関してジョン・ファンドのほうは
2000年の大統領選挙フロリダ州の
民主党側による不正の可能性を指摘しています。
同州パームビーチ郡で
投票用紙のブッシュの欄と他の候補の欄両方に印があって
二重投票で無効とされたものが大量に発生しました。
通常は0.4%〜0.7%でしかない無効票率が
この郡だけ4.4%と飛びぬけて高く、
またこの郡の共和党員の人口から統計学的に予想される
数字から考えて二重投票のうち15,000票分は
明らかに異常と考えられる水準でした。
そこで、本当はブッシュの票だった用紙に
もう一つ誰かが印をつけて
無効な二重投票としてしまうような
不正な細工があったのではないか?
という疑惑を唱えているのです。
ただしこちらの件は、当時おかしいと感じた統計学者が
選挙管理委員会に調査を訴えたのですが却下され、
結局それでおしまいになっています。

ちなみにジョン・ファンドの本では、
このときフロリダ州ジェブ・ブッシュ知事のもとで起きた
DBT社の犯罪者データベースによる不正や、
その後の裁判についてはひとことも触れられていません。

このように選挙の不正についてすら、
共和党と民主党は対立を抱えていて、
それを暴こうとするジャーナリストたちすら
どちらか一方の立場でしか報道しようとしません。
2000年の大騒ぎのいちおうの反省から
2004年の選挙に向けて電子投票機の導入など
州ごとにさまざまな改革が試されていますが、
改革もむなしく両陣営がいっそう不信感を深める
という状態は変わっていません。

今回大統領選挙に関しても現在までで
すでにいろんな不正や混乱が発覚しています。

ネバダでは共和党系の有権者登録推進団体
"アメリカ有権者援助会(VotersOutreachofAmerica)"が
ショッピングモールなどで登録用紙を集め
民主党支持者の登録申込用紙のみ破ってすててしまった
というスキャンダルが発覚しました。
一方フロリダでは、民主党系の同様の団体ACORNが
逆に共和党の登録申し込み用紙のみ捨ててしまったと
発覚しています。
またそれぞれの団体は多くの州にまたがって活動しており
同様の行為が広範囲で行われていた可能性があります。

オハイオ州では今回の選挙のために
新規有権者が数十万人増加したのですが、
新規分の本人確認のために州政府が送った通知のうち
約35000人分が配達不能で戻ってきてしまいました。
これについてもACORNが集めた分の登録に
いくつか不正がみつかったと共和党側は主張しています。

第三の候補ラルフ・ネーダーも不正の例外ではありません。
オハイオ州他いくつかの州で彼は、
大統領候補者資格を得るために署名を集めて
選挙運営当局に提出する必要があるのですが
この署名について不正が続発しています。
ネーダー候補を投票用紙にのせるための署名集めを
請け負っていのはJMSという会社です。
この会社に支払われる手数料は署名1人獲得につき3ドル。
ところが同社が集めて各州に提出した署名のなかに
大量にニセの署名が混ざっているのです。
で、このJMSにはネーダー陣営だけでなく
ネーダー出馬でケリーの票が彼にながれることを見越した
共和党関係者がネーダーの署名集め費用を
支払っていることが明らかになっています。

実はこれらは報道されているうちのほんの一握りで
ここで紹介した団体や企業に限らず
アメリカ中で似たような出来事がおこっていて、
投票直前の段階で両陣営とも不信感を募らせています。

対策として共和党も民主党も投票日に
それぞれ大変な人数の弁護士軍団を
フロリダ、オハイオなど激戦州に待機させて
不正があったらすぐに訴えられるように準備をしています。
民主党側の弁護士数は10000人だそうです。
また、マイケル・ムーアも投票日には、
ブッシュ政権という名のカタストロフのグラウンドゼロ
フロリダに入るようですが、
その他に激戦州で選挙監視をすべくビデオカメラをもって
投票所周辺につめるボランティアを
彼のホームページでは募っています。
さらにNBCほか全米TVネットワークも
投票に関しての苦情を受け付ける専用電話をひらいて
臨戦態勢です。

想像を絶する大騒ぎですが、
まずは正当な有権者の投票する権利が妨害されないように、
さらにゾウや犬や幽霊や、
あるいは9-11実行犯の幽霊が投票しないように
注意する必要がありますから
万全の体制をとるのに越したことはないんでしょう。

今回の選挙は、もともと大接戦であるというだけでなく、
共和党・民主党お互いの不信感が高まっています。
そして今回初めて選挙で投票する有権者が多く、
第五十三回配信で紹介したように
投票直前の世論調査結果すら
実際の投票率とは食い違ってくる可能性があります。
おまけに不在者投票の割合が高いせいで、
普通は選挙結果をかなり正確に反映するはずの
投票日当日の出口調査の結果すら
思ったより大きい誤差を含んでいる可能性もあります。

直前の世論調査も出口調査すらも信用できないとなると、
開票結果の信頼性をはかるモノサシがなくなりますから、
どちらの側も結果をありのまま受け入れることが
いよいよ難しくなり、訴訟の可能性がたかくなります。
おまけにコロラド州では選挙人配分の制度変更についての
住民投票がありこれも選挙の結果を左右する
決定的な要素になるかもしれませんので、
この住民投票の結果についても待ったがかかる可能性も
大ありです。

次の4年間の合衆国大統領は誰になるのか?
世界中が息をのんで見守っています。
でも、それがいつ決まるのかについては、
ちょっと気長に構えたほうがいいかもしれません。
仮に2日にすっきり勝者が決まらないとなると、
最初の敗者はブッシュでもケリーでもなく
残念なことにアメリカの民主主義そのもの
ということになるんじゃないでしょうか。

鈴木すずきちさんへ激励や感想などは、
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2004-11-02-TUE

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