ほぼ日刊イトイ新聞 フィンランドのおじさんになる方法。

第1回 旅のはじまり。

この旅のきっかけは、
2007年秋、飯島奈美さんの「LIFE」の取材中、
飯島さんのキッチンアトリエに、
森下ヒルトゥネン圭子さんが
ひょっこり遊びに来てくれたことにさかのぼります。
ぼく(武井)は森下さんとは「ほぼ日」の連載を通じて
メールのやりとりをしていたのですが、
ずっと、お会いしたことがありませんでした。

ふだんヘルシンキに住んでいる森下さんは、
そのとき、ちょうど一時帰国中。
映画「かもめ食堂」の仕事をつうじて
よき仕事仲間であり、
友人関係でもある飯島さんと
連絡をとった森下さんが、
ちょうど、ぼくらがその日、
いっしょにいることを知って、
サプライズで、遊びに来てくださったのでした。
ホットケーキの撮影の日でした。

「飯島さんのごはんは、
 フィンランドの人たちにも
 とっても好評で!」

なんていう話から盛り上がり、
「かもめ食堂」の撮影の裏話を
たくさん笑いながら、してくださった森下さん。
いかにフィンランドの人々がおもしろく、
素朴で大胆で、頑固な一面もあるけれど、
とてもチャーミングだという話を聞くなかで、
ぼくは、だんだん、強く、こう思いました。
「そこに、じっさいに行ってみたい」と。
森下さんから聞くフィンランドのようすは、
あの「かもめ食堂」の独特の空気感に
とても近いんじゃないのかなあと思ったのです。
そして、映画としては対極にありそうな
アキ・カウリスマキ監督の描く
(たとえば『過去のない男』などで描かれた)
暗くて弱そうで、でも魅力のあるフィンランドも、
たしかに一側面であると知りました。
‥‥よくわからないだけに、ちょっと混乱しながら、
「来年の夏に遊びに行こうかな?」
と、森下さんに、言ったのでした。

「おじさんになる方法」というテーマは
糸井重里がみつけました。
(じつはそのホットケーキの取材には糸井重里もいて、
 ぼくらの話を聞いていました。)
きっかけは、森下さんの語る
アキ・カウリスマキ監督の話でした。
アキ監督は、映画人としても、
もちろんすばらしいのだけれど、
ひとりのフィンランド人のおじさんとして、
たいへん魅力的だというのです。
仕事の長旅から戻ってどんなにくたくたでも
薪割りをしてサウナを炊くこと
(‥‥つまり、それなりの肉体労働)は
まったく苦にならないどころか、
それがリラックスにすらなっていると。
それがまさしく、フィンランド人っぽいのだと。
そして、そのアキ監督の薪割りときたら、
それはそれは見事なものなんだそうです。

う〜ん、そのすがた、ぜひ見てみたい!
でも、さすがにアキさんに会うのは難しいことです。

そうしたら糸井重里が言うのです。
「そりゃあ、アキ監督だったら最高だけれど、
 そうでなくても、いいんじゃないか?
 というかさ、フィンランドって、
 そういう、味のあるおじさんが、
 ほんとうに、いっぱいいる気がするんだよ」と。

「います! とってもおおぜい、います!」
と、ちょっと興奮気味に森下さんが言いました。

ちなみに、森下さんのだんなさんは、
フィンランド人の大工さんです。
森下さんは彼の薪割りをする姿に(あ、また薪割りだ)
「薪割り世界一かも」と思うくらいに惚れて、
むこうで、所帯をもったひと。
フィンランド男に惚れたひとが
フィンランド男のよさを語るのですから、
それはそれは迫力がありました。
しかも、その「おじさんたち」が
どうやら、「フィンランド男かくあるべし」みたいな
ステレオタイプではないというか、
どうも個性が、そうとう、バラバラらしい。
「えっ、そんなにめちゃくちゃなくらい、
 おもしろい人たちが、
 森下さんのまわりだけでもおおぜいいるの??」
という感じでした。

森下さんの語るフィンランドのおじさん像に
共通していることといえば、
「ほんとうに、だいじなもの」を持ちながら、
不器用かもしれないけれど、たのしく、
一所懸命生きているすがたでした。

糸井重里は、こう言います。
「むかしの日本にも、
 まわりに、かっこいいおじさんがいたものなんだ。
 若いひとの、お手本というか、
 『としをとるのも、いいもんだなぁ』と
 思わせてくれるようなひとが、いたんだよ。
 でもさ、このごろは、そういうおじさんが、
 すっかりいなくなっちゃった。
 つまり、若いひとが、
 おじさんになる方法が、
 わかんなくなっちゃったような気がするんだ。
 でもフィンランドに行ったら、
 そういうおじさんたちに会えるかもしれないよ」

たしかに、そんなおじさんたちに会えたら、
ほんとうにお手本になるかどうかはともかく、
ぼくらの人生がちょっと素敵になるかもしれないです。
よし、行くか! 行こう!
ぼくのなかでフィンランド行きが確定した瞬間でした。

今回の旅は、現地から森下さん、日本からぼく、
そしてパリから写真家の松井康一郎さんが参加し、
「現地集合、現地解散」でおこなわれました。
パリに長く住んでいる松井さんは、
同僚の山下哲の「ともだちの、ともだち」だったひとで、
その縁で、ぼくも知り合うことができました。
ぼくがヨーロッパについて(とくに食べ物のことで)
知りたいことがあった時に
まっさきに聞く、たのもしい友人でもあります。
その松井さんが、ぼくがフィンランドへ
カメラをかついで行こうと思っているという話をきいて、
手弁当で手伝うよ、と言ってくれたのでした。
『エスクァイア』、『Number』、『セブンシーズ』など
日本の媒体でも活躍している
プロフェッショナルな写真家の松井さんですが、
今回は「カメラをもった、いち旅人」としての
参加をしたい、と言ってくれたのでした。

ヨーロッパと日本を往復するとき、
ほとんどの飛行機は、フィンランドの上空を通ります。
けれど、ぼくはもちろん、
パリ在住の松井さんでも、いちども、
降りるチャンスがなかった国がフィンランドです。
こういうチャンスでもなければ、
なかなか、深いところまで見るのは難しいでしょう。

これからはじまるコンテンツは、
その松井さんの写真と、
(もうしわけないけど)ぼくの写真を織り交ぜて、
さんにんで、お届けします。
旅の順番に、夏のフィンランドのすがたと、
そこに暮らすおじさんたちを紹介していきます。
たぶん、きっと、たのしんでいただけると思います。

ああ、なんだか長くなっちゃいました。
では次回は、森下さんが書いてくれた
「夏のフィンランドにようこそ」を掲載します。
どうぞおたのしみに!

2009-01-29-THU
takei

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