経済はミステリー。
末永徹が経済記事の謎を解く。

第10回 ありそうでない「資産効果」


四月一日の「ほぼ日」で、鳥越さんに
「アメリカ人の消費」の問題を振られた感じ
(僕が勝手に感じただけなんですが)なので、一言。

二月のアメリカ人の貯蓄率が
マイナス1・3パーセントになって、
過去最低を更新した、という話。
アメリカの個人は、稼ぎから
税金を引いた額より一パーセントほど多く消費している。

鳥越さんも迷われてらっしゃるようですが、
この手の「統計」は、
正確に定義されないで一人歩きする。
実は、僕も、正式な定義は知らないんです。
ただ、それを言い訳にしてはいけないけれど、
証券会社の一線で働いている人のほとんどは、知らない。

統計を作製したお役所
(この場合はアメリカ商務省)に聞いたら、
教えてくれるかなあ。
証券会社にいれば、
「調査部」や「総研」の人なんかが詳しい。
あの人たちは、予想は当らなくても、
そういう知的好奇心を満たしてくれるところに
存在価値がある。

「いくら消費して、貯蓄したか」
を正確に集計することは、それほど、簡単ではない。
たとえば、年間所得の何倍もの
住宅ローンを組んで家を買った人。
貯蓄率マイナス何百パーセントで
カウントすることはないだろう。
サンプルから省いてしまうのか、
ローンの支払いだけ「消費した」ことにするのか。
リフォーム代は? 
そもそも、二億を越えるアメリカ人の中から、
どのような基準で、
統計の基礎になるサンプルを集めているのか・・・
考え出したら、キリがない。

みんな、
「その辺のことは、
 商務省が適当に工夫してやっているのだろう」
で済ませている。
でも、どこの国でも、お役所は世の中の動きに疎い。
経済統計は、いつのまにか
意味のない数値になってしまう可能性が常にある。

さて、ここ数年来、アメリカ人の貯蓄率の低さは、
「旺盛な個人消費に支えられた
 アメリカの好景気が、いつまで持続できるのか」
という文脈で問題にされてきた。
アメリカ人の貯蓄率は低過ぎる、
将来に買うべきものを前倒しで買っているのだ、
いずれその反動で消費が細って景気が悪化する、
というロジック。

その背景に、
「資産効果
 (所有している資産の価値の高まりが、
  消費を刺激する効果)」という仮説がある。
「アメリカ人が所得のすべてを消費に回せるのは、
 株価の上昇で気が大きくなっているからだ」
というのである。
もしそうなら、株価が下がったら
「逆資産効果」で貯蓄率が高まるはずである。

今まで、資産効果は、ありそうでないものであった。
一九三〇年代の大恐慌の時は、
所得が減って生活に困った人たちが
資産を取り崩したために、貯蓄率は大幅に低下した。
一九八七年のブラックマンデーの直後も、
逆資産効果は杞憂に終わった。
今回はどうなるか、
もう少し様子を見ないと何ともいえない。

それはともかく、アメリカ経済は急速に減速しつつある。
日本経済が乗っかっている世界経済の
微妙なバランスが崩れるリスクが高まっているのだ。
この問題に関しては
今月10日発売の「中央公論」五月号に
私見を寄せているので、
よろしかったら、御一読下さい。

2001-04-02-MON

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