経済はミステリー。
末永徹が経済記事の謎を解く。

第5回 市場関係者の思惑

自分の稼ぎを越えてお金を使う状態は、
長続きさせることはできない。
一時的には、蓄えを取り崩したり、
借金をしたりして、凌いでいける。
しかし、元に戻さないでいれば、
いずれ必ず破綻する。
稼いだ以上にお金は使えない、
これは、当り前のことである。

しかし、国は、ときどき、
その当り前のことを忘れてしまう。
日本は、昭和16年12月から昭和20年8月まで、
稼ぎを遥かに越えるお金を使う大戦争を四年間も続けた。
戦費を貸したのは誰か。
日本銀行である。
日銀が輪転機を回して「円」をこしらえて、
その「円」で国債を買ったのだ。
これが国債の「日銀引き受け」である。
日銀が、直接、国債を買うこと。

「直接」というところがポイントで、
国民は「そんな無駄な金は貸したくないよ」
と抵抗することができない。

戦争中、国はその「円」で兵器や火薬を造った。
兵器や火薬はあっという間に消滅して、
「円」だけが残る。
結局、世の中にあるモノの量は変わらずに、
「円」の量だけが増えることになる。
モノに対応する「円」の量が増え続けて、
戦後、円の価値は数百分の一に暴落した。
国民にしてみれば、
国に金を貸すことを強制された挙げ句、
踏み倒されたのだ。

インフレと闘うことを
自らの使命と考える速水さんにとって、
「日銀引き受け」は絶対のタブーである。
現在、「日銀引き受け」は、財政法でも禁じられている。

ただ、当時と現在を較べると、日本政府が
絶望的に金にだらしがないことは共通しているが、
決定的に違うところもある。
今や、日本人は、
千数百兆円の個人金融資産を持つ世界一の金持で、
日本にモノは溢れている。
しかも、アジア諸国から安い輸入品が流れ込む。
速水さんが闘うまでもなく、
日本の物価は下がり続けている。

さて、先週は、為替市場で円安ドル高が進行した。
速水さんが「円安もいいんじゃないか」と言った
3月7日(水曜日)は1ドル119円台だったが、
16日(金曜日)は123円。
急速に日本の金融緩和を「織り込む」動きだ。
タイミングとしては、19日(月曜日)に
日本の金融政策を決める「日銀政策決定会合」がある。
そこで金融緩和の決定が出るだろう、
とヤマをかけて相場を張る人がいるのだ。

しかも、このところ、アメリカの株価が急落している。
アメリカの株価が下がると、
世界中の株価が引きずられて下がる。
世界不況の危機が迫る。
いくら頑固な速水さんも、
世界不況の危機となったら、観念するに違いない、
という思惑。

アメリカの政策判断に対する思惑も働いている。
クリントン政権と違って、
ブッシュ政権の中枢には証券会社に親しい人がいない。
オニール財務長官は、もとはメーカーの経営者だ。
メーカーにとっては、
輸出の儲けが増えるドル安のほうが都合がいい。
ブッシュ政権は本心では
ドル安を望んでいるのではないか、
という観測は根強い。

しかし、個人の株式投資が盛んなアメリカでは、
株価の下落は政権の人気を直撃する。
アメリカの株式市場が不安定な限り、
海外の投資家を不安に陥れる
ドル安政策は取れないだろうから、
安心して、円売り、ドル買いができる。

ちょっとクドクドと、
「市場関係者はこんなことを考えている」
という話をしてみました。

2001-03-20-TUE

BACK
戻る