吉本隆明全公演アーカイブ化に向けて、
ご尽力いただいたのが、
レコーディングエンジニアの内田伸弥さんです。
講演音源制作全般を担当した、
その経緯と制作過程についてうかがいました。


1年半くらい前に、
「このままにしておくと
 貴重な講演記録が消えてしまうかもしれない」
と、カセットテープに録音された吉本隆明さんの講演を
全てデジタルアーカイブするという企画の
相談を受けました。
カセットテープに記録されている磁気データは
そのままにしておくと音質が劣化していきますし
保管状態が悪いと、テープが伸びてしまい
最後には、聴くこともできなくなってしまいます。

まずはカセットテープを再生しながら
パソコンに取り込み、
音源をデジタル変換していく作業に取りかかりました。
しかし、まずはとにかく、その量に驚きました(笑)!
僕の手もとに届いたカセットテープが、最初の段階で
少なくとも200本はありましたから。
仮に一本が90分とすると18000分。
取り込みだけでそのくらい時間がかかるのだから
これは先の長いプロジェクトになるぞ、
と思いました。

次に「Pro Tools」というレコーディングシステムと
高音質で再生ができるカセットデッキを
糸井重里事務所に用意しました。
なるべくよい状態でアナログからデジタルへの
変換を行いたかったですし、
機材をそろえることで
データの取り込みや音質調整、編集のために
スタジオを使う必要もなくなったので
音源制作にかかわるコストを
抑えることができました。
(なんといっても量が多いので、少しのコストでも
 積もり積もって何百倍になってしまいます)

そうやって取り込んだ音声を聞いてみると、
講演によって音質や音量に
かなりばらつきがあるということがわかりました。
しっかり録音されているものもあれば
ノイズが多すぎて聞き取りにくいものもあります。
時代によって録音機材も変わりましたし、
講演会場によって録音する場所も違うので
それは、当然のことです。
なるべく吉本さんの声が聞き取りやすいように
それぞれの講演の音質、音量のバランスを
全体的にならしていく必要がありました。

また、この講演は、ヘッドホンやイヤホンで
楽しむ方が多いと思ったので、
「ハイファイ」にしすぎないことに
気をつけて作業をすすめました。
パッと聞いたときに
そのほうが音がよく聞こえるので、
音をよくする作業は、高音を強調しがちです。
でも、そういった音は長時間聞いていると
耳が疲れてしまうんです。

音を整える段階で、具体的に行ったことは
テープ全般に入っていた「シャー」という
ヒスノイズを取り除き、
イコライザーを使って
高音と低音を調整するという作業です。
こもって聞こえる講演は低音をカットし、
逆にシャリシャリしすぎているものは
高音をカットしました。
最後にコンプレッサーというプラグインで
各講演の音量のばらつきを調整しました。
録音状態によっては複数のプラグインを組み合わせて
できる限り聞きやすくなるように仕上げました。
ですから、音質としてはよくなくても
講演はクリアに聴き取れるものが、結構あると思います。

講演の最中で音質が変わっているものが
いくつかありますが
それはテープを入れ替えている間に
講演音声が欠けてしまった部分を
別のテープで補ったからです。

この講演集の音源には
CDとMP3のふたつの種類があります。
よいスピーカーやヘッドフォンで、
よい録音をしたジャズやクラシックを
CDとMP3で聞き比べると
一般の方でも音の違いがわかると思いますが
今回の吉本さんの講演については
カセットテープが元素材だったこともあり
音の違いが気にならない範囲に
調整できたと思います。

iPodなどの携帯オーディオプレーヤーで聞く場合は
CDから取り込むよりも、
DVD-ROM1枚に収めたMP3データを取り込んだほうが
手間も時間もかからず、おすすめです。
冊子に入った各講演の紹介も
iPodの歌詞機能を使って表示できるので、
ぜひ吉本さんの講演集を
持ち歩いて楽しんでみてください。


内田伸弥(うちだ・のぶや)
普段は音楽の現場で働くレコーディングエンジニア。
スタジオで録音、音源をミックスして
調整することを主に担当している。
エンジニアの仕事と並行しインディーズレーベル、
BACKPACK RECORDINGSを主宰し、
オーガニックなソウルミュージックを奏でるバンド、
ブリッジスタイルの作品をリリースしている。
「ブリッジスタイル」
ほぼ日刊イトイ新聞のコンテンツには「HOBO RADIO」
「はじめての落語」など のCD録音・編集で参加。

(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN