『吉本隆明 芸術言語論 2008.7.19コンプリートセット』 知っておいてほしいこと

冒頭は、すごくわかりやすくて、
最後のほうは、もう、講演というより
歌みたいでした。
すごくいい歌のライブを観ている感じでした。
NHKの放送を観て、
ああ、こういうことを吉本さんは言ってたんだなと
理解が深まった気がします。
(田島貴男・ミュージシャン)
最初は、ちょっとハードルが高いのかなあ、
と思っていましたが、いろいろ吸収しました。
古典を読んでみよう、と思いました。
仕事のヒントにもなりそうです。
(上大岡トメ・イラストレーター)
先輩(オヂサン)と後輩(ギャル)の3人組で
講演を聴きました。

昔からの吉本さんの読者が多いものと思っていたら、
そういう方はむしろ少なめで、
私よりもずっと若い人が詰め掛けていることに、
正直、驚きました。
吉本さんと糸井さんのコラボレーションの
真骨頂だと感じました。

講演が始まると、そういう若い人たちが、
熱心に、かつ柔和な表情で、
吉本さんの話に聞き入っているのに、再び、驚きました。
内容はそうそう簡単なものではなかったけれど、
吉本さんが生涯をかけて考えてきたことを、
全力で話しておられる気迫に打たれました。

私自身が吉本さんの講演を初めて聞いたのは、
30年ほど前の大学生のころ、京都でのことでした。
あのときの緊迫感に比べると、
会場が和気あいあいとしている様を、
良し悪しではなく、
時代の変化の問題として受け止めました。

講演後、まだ明るいうちに、
三軒茶屋の居酒屋で飲んだビールは、
とてもうまかったです。
(細田正和・共同通信記者)

世界認識の方法を見つけるために
一生懸命勉強した、というところはすごい迫力で
涙が出そうになりました。
長生きしてほしいです。僕の人生の師だと思っています。
(Ko)
吉本隆明さんの言葉に
自分はずいぶん救われた気がしました。
(ひろこ)
吉本さんの姿が眼に焼きついて離れません。
終盤に入り、天に向かって
魂を震わせているようなお姿、
見ていて涙が止まりませんでした。
(s)
自分が吉本さんの言われることを
本当に理解しているのか、まだわかりません。
それでも、講演の内容が
自分の中を巡っているのを思うと、
生きているという感覚になるのです。
それは自分への問いであり、ヒントであり、
答えであるから。
(f)
時間を忘れて、湧き上がる言葉を伝えようとするお姿に
ただひたすら感動しました。
番組を絶対に見たいと思っていたけれど、
まさかそれで泣くことになるとは夢にも思いませんでした。

物事を一面ではなく、多面どころか球体にして見つめる。
吉本さんのお話を聞いていると、
人間もいいなって、いつも思います。
(あずき)

廊下を後にされる吉本さんの姿が印象的でした。
またあの廊下を歩いてお話しに来てくださることを
楽しみにしています。
(r)
恥ずかしながら、吉本隆明という人物については
何の知識も持ち合わせておりませんでしたが、
なぜか「見なければならない」という意識が働きました。
あの、身振り手振りを交えた語りを堪能できたことを
非常に幸運に思っています。

いったい、あの手で何を形づくり、
何を手中に収めようとしていたのか、
いまでも思いをめぐらせています。
それは、自分が抱えているジレンマを
解決してくれるものだと思います。
(Ryo)

人生における貴重な幸運──吉本隆明さんとの至福の3時間

2008年7月19日のあのイベントこのことを、
いまでもときおり思い出す。
そして思い出すたびに思う。
あれは僕の人生における
貴重な幸運のひとつだったんだなと。

その日、僕は定刻よりもだいぶ早く、
会場である昭和女子大学・人見記念講堂に着いてしまった。
あの吉本隆明さんの講演を拝聴できるのだと思うと
胸が高鳴り、いてもたってもいられなかったのだ。

午後2時10分、車いすの吉本さんが登壇されて、
講演会が始まった。その声には張りがあり、
言葉づかいはああ、やっぱりリューメイだ。
「芸術言語論 ――沈黙から芸術まで――」
と題する講演の内容も実にスリリングだった。
吉本さんの数十年間にわたる思想的営為なかでも
言葉や文学作品の意味と価値についての考察が
どのようなモチーフに貫かれていたのか、
自らの言葉で語ってくれたのだ。

――すぐる戦争中、徹底的に戦争を継続すべきだという
激しい考えを抱いていた吉本さんは、
勤労動員で富山県魚津市の日本カーバイドの工場にいたとき
玉音放送を聞き敗戦を知る。
茫然とした吉本さんは寮に帰り、独り泣いたという。
やがて世界を総体として知る思想的方法を
まったく知らなかったことに気づき、
「これがわからないければ生きているかいはない」と、
5〜6年間アダム・スミスから
カール・マルクスに至る古典派経済学について
徹底的に勉強する。
そして勉強によって獲得した世界を知る方法論と、
もともと持っていた文学的素養を結びつけ、
吉本さんならではの思想的・批評的取り組みを開始する。

言葉が持っている本質的な特性を
その発生に立ち返って把握し、
言葉による文学作品の価値をとらえようとした
『言語にとって美とはなにか』、
私たちはなぜ国家というものを持ってしまったのか、
その成り立ちを共同的な幻想(観念)の発展過程として
とらえようとした『共同幻想論』‥‥。
若いころに夢中になって読んだ代表的著作が
どのような内発的動機によって生まれたのか、
力強く語るその言葉を聞いて
僕は不覚にも涙がこぼれそうになってしまった。

午後5時すぎ、講演が終了。
あっという間の3時間で、
掛け値なしにすばらしい体験だった。
ふりかえれば僕はおりに触れて
吉本さんの著作をひもといてきたのだ。
とくに10代末から20代半ばにかけて、
いろいろあって精神的に参っていたときには、
『言語にとって美とはなにか』のような
言葉や文学作品を扱った吉本さんの著作が
さながら心の杖のように
僕の足取りを支えてくれた覚えがある。
その吉本さんと同じ時間、同じ空間を共有できたのだから、
これはやはり人生における貴重な幸運ですよね。

付け加えれば、貴重な幸運には
おいしいオマケがついていた。
正月、何気なくテレビをつけたら、
なんと吉本さんの講演会の模様が
NHK教育テレビのETV特集で放送されていたのだ。

カメラは会場ではうかがえなかった
吉本さんのアップに迫っていた。
その表情を見ているうちにふいに
『転位のための十篇』に収められた詩の一節が
浮かんできた。

「ぼくが真実を口にすると 
 ほとんど全世界を凍らせるだらう……」

吉本隆明さんは間違いなく戦後を代表する知識人──
詩人・評論家・思想家のおひとりであり、
こういう言い方はあるいは語弊があるかもしれないが、
本質的な意味における最も良質なリベラリストだと思う。
そのことを僕は映像を通して、
あらためて確認したのだった。
(渋谷和宏・日経ビジネスアソシエ前編集長、作家)


2009-04-17-FRI