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LIFEのBOOK ほぼ日手帳 2017

LOFT手帳部門12年連続NO.1

ほぼ日手帳 2017

見かたがわかれば、おもしろい!絵巻-emaki-の世界

第2回絵巻にはルールがある

同一人物を何度も描く「異時同図法」

――
絵巻を見るときに
どんなことを覚えておくといいでしょうか。
上野
まず大前提として、
絵巻では、時間軸が右から左へ流れるんですよ。
――
はい。右から左へ、見ていくんですね。
上野
右から左へ、時間と場所がどんどん動いていくので
同じ登場人物が何度も描かれたりします。
異なる時間が同じ図の中にあるということで
「異時同図法(いじどうずほう)」といいます。
これは絵巻特有の特徴なんです。
ちょっと、こちらを見てみましょう。
『地蔵堂草紙絵巻』 一巻(部分) 室町時代 15世紀 個人蔵 【●】
上野
右の赤っぽい建物と左の青っぽい建物はつながっていますが、
中に描かれている男女は、同じ主人公です。
「隣の部屋にも人がいる」ということではありません。
――
この男女は、右側の部屋で話をした後に
左側の部屋に移動して眠った、
みたいなことでしょうか。
上野
そうですね。
まったく同じ部屋をもう一度描くよりも、
このほうが、絵がスムーズに
進行していきますよね。
――
なるほど。
絵としての完成度は、高くなりますね。
ちなみに、これはどんなお話なんですか。
上野
ある僧が、越後国菅野にある地蔵堂に
1000日間こもって修行をしているんですが、
そこを訪れた美女に、一目惚れしてしまうんです。
修行の間、気が気じゃないんですが、
やっと1000日が終わって、ついに告白。
その女に導かれるままに連れてこられた場所で
夢のような日々を過ごしていました。
‥‥が、ある夜、僧が女の着物の裾をめくると
龍の尾のようなものが出ている。
そこで僧は、実は女が龍女で、
この場所が龍宮だったんだと気づくんです。
――
このシーン、本当に
デレーっとした表情ですね。
上野
そうなんです(笑)。
その後「家に帰りたい」と頼む僧に、女は
地蔵堂で僧が写経した経を取り出して見せます。
そこに繰り返し書いてあった文字は
「写経を終えて女と寝たい」(笑)。
煩悩をなくすために修行していたのにね。
――
(笑)。
上野
結局、龍宮から帰してもらえるのですが、
さて、どうやって帰るのか‥‥?
なんと、海の上を歩いて帰るんです。
絵巻では、こういう発想力、想像力が
とっても豊かなんですよね。
――
うわあ、自由ですね。おもしろいです。
ほかにも絵巻独自のルールがあれば、教えてください。

天井と壁のない「吹抜屋台」

上野
絵巻物特有の表現方法として
知っておくといいのが、
「吹抜屋台(ふきぬきやたい)」です。
本来、絵巻は手で持って、肩幅60cmぐらいに広げ、
斜め上から見るものなんですね。
――
屏風や掛け軸と、全然違う見方ですね。
上野
絵巻の中の世界を俯瞰して見ているので、
その目線に合わせた構図で描かれているんです。
――
はい。ちょっと上から
覗きこんでいる雰囲気です。
上野
覗いて見るときに、
建物の屋根とか壁って、邪魔じゃないですか。
だから当然のごとく、取っ払ってしまった。
それが「吹抜屋台」です。
こちらを見てみましょう。
『石山寺縁起絵巻』巻四(部分) 谷文晁 
七巻のうち一巻 江戸時代 19世紀写 
サントリー美術館
――
わあ。ちょっとドールハウスみたい。
上野
屋根がない。ありえないですよね。
でも、絵巻を下に置いて見たときと、
視線の角度がちょうど同じだから
自然と絵の中に入り込める。
――
本当に、覗き込んでいる雰囲気です。
屏風や着物の描写も細かいですね。
上野
それは「画中画」といわれるもので、
絵の中で、ミニチュア感を楽しめるだけでなく、
「こんな絵も描けますよ」と、
絵師の技術を披露する場でもあったんです。

「霞」は便利な省略ツール

上野
この『石山寺縁起絵巻』は
紫式部が新作物語を書くために
石山寺にこもり、琵琶湖を見ているうちに
『源氏物語』の着想を得た、というシーンです。
『石山寺縁起絵巻』巻四(部分) 谷文晁 
七巻のうち一巻 江戸時代 19世紀写 
サントリー美術館
上野
絵巻って、横幅にはとても恵まれているんですが、
縦の幅には限りがあるので、
高さの表現がとてもむずかしいんですよね。
そういう時に、役に立つのが「霞(かすみ)」。
「すやり霞」ともいいます。
――
ああ、この白や青のモヤのような。
上野
画面の途中にこういう霞があると、
時間や場所がワープしたりします。
省略マークで、S字を2本重ねて
ニョローンって書いたりしますよね。
まさにあの記号と同じような効果です。
――
なるほど。
上野
しかも、場面と場面が
スパッと切り変わるというよりは、
なんとなくフェイドアウト、そして
フェイドインすることができるんです。
――
わあ。いいアイディアですね。
上野
この絵巻でいうと、
紫式部がいる部屋は、とても高い位置にあるんです。
でも、この場面に湖も描きたかった。
そのために、ものすごい高さと距離を
霞で解消し、月が映る湖までつなげていくわけです。
途中で、建物の下にも霞を入れたりして‥‥。
『石山寺縁起絵巻』巻四(部分) 谷文晁 
七巻のうち一巻 江戸時代 19世紀写 
サントリー美術館
――
すごい。まるで、ドローンカメラで
撮影するようなカメラワークを、
霞を描くだけで、やってしまうんですね。
(つづきます)