石川直樹さんの“驚き”が
手帳カバーになりました。
~「HIMALAYA」~
写真家であり、世界中を歩き続ける表現者でもある石川直樹さん。最近は8000メートル以上の高い山に次々と登頂されていて、ほぼ日にもたびたびご登場いただいています。そんな彼が通い続けてきたヒマラヤ山脈を収めた写真集の1つ『Lhotse』(ローツェ)の中の1枚を、今回、ほぼ日手帳のカバーに再現しました。いよいよ10月1日に発売いたします。その名もズバリ「HIMALAYA」。これまでのほぼ日手帳にはなかった、力強く、世界級の山々の壮大さが伝わってくるようなものになりました。とてもかっこよく仕上がったので、一足早く、実物を石川さんに見ていただきました。石川さん、ご自身の写真が手帳になった感想はいかがですか?
――   石川さんのすてきな写真のおかげで、
こんなにかっこいい手帳になりました。
本当にありがとうございます。

石川さん   おおー、かっこいいですね!
(手帳を手にとり、まじまじと見る)
いいじゃないですか。
空の群青色もいい感じですね。



―― まだ、染色会社に微調整を
お願いしている最中なんです。
(取材当時は製作中で、
サンプル品を見てもらいました)

もうすこし、
写真に近い色が再現されるようにねばりたくて。
青を濃くしたり、緑を少し淡くしたり‥‥。
色しだいで岩のゴツゴツ感も
写真に近くなると思います。

石川さん え、そこまでねばってくれているんだ。
この生地はコットンですか?

―― コットンです。
完璧な再現はむずかしいですが、
やっぱりこの空の色は、
この写真がかもしだす力強さの1つかなと。

石川さん そうですね。
標高6000m以上じゃないと、
宇宙を近くに感じさせる独特な空の色を
見ることはできませんからね。

―― わたしたちが石川さんの数ある写真の中から
この1枚を(手帳カバーに)選んだのは、
空と積雪のコントラストのうつくしさはもちろん
人が登っている様子が
映りこんでいるのがいいなと思って。
大自然と人の力強さや、
躍動感みたいなものを覚えたんです。
この人たちは登っているんですよね?



石川さん 2人は登っていて、
1人が下っているんじゃないかな。
この2人はきっと仲間です。

―― これはどこで撮影したんですか。

石川さん ローツェという山に登頂するまえに、
からだをならすために登った山で、
名前をロブチェ・ピークっていいます。
ローツェは標高8516m。世界で4番目に高い山。
いきなり8000m以上の高さの山に登ると
酸欠でからだがついていきません。
だから、ローツェに登る1ヵ月前ぐらいに
6000m程度のロブチェ・ピークに登って
からだをならしたんです。
そのときに撮影しました。

―― 8000mの前に6000mの山に登る‥‥。

石川さん そう。からだを高所に順応させるわけですね。

―― どんなときにシャッターを押すんですか。

石川さん 理屈じゃなく‥‥。頭では考えていないですよね。
驚きや感動があったとき、つまり
からだが反応したときにシャッターを切るわけで。
このときも一歩ずつ登りながら、
見上げたロブチェ・ピークのうつくしさに
驚きがあったんでしょうね。

―― 驚きですか。

石川さん ぼくは登山家ではなく、写真家です。
だからシャッターを切るわけで。
旅と、その旅を記録する写真って
昔からセットだと思っていて、
ぼくにとって山登りは、
探検でもスポーツでもなく、
旅の延長みたいなものなんです。
「未知なるものと出合いたい」「驚きたい」。
そんなきもちでガイドブックにはのっていない、
知らない場所へと旅にでる。
そこで見た驚きをカメラで記録しています。



―― 知らないところに行ってみたいと思っても
わたしたちはまず、ガイドブックを買います。

石川さん ぼくも買いますよ。
『地球の歩き方』とかね。
国会図書館にも行って調べまくりますし。
それでも情報が出てこないときに、
「それじゃあ、ぼくが行くしかないでしょう!」
とがぜん、気合いが入る(笑)。

―― ぼくがやるしかないと(笑)。
冒険ですね。

石川さん 自分にとっての個人的な冒険ですね。
ネパールのガイドブックを買っても、
そこに載っていない空白地帯はもちろんあるし、
エベレストやローツェといった
ヒマラヤの山々の登り方なんてどこにも書いてない。
そこに驚くことができる、何かがあると思うんです。

―― エベレストやローツェなどの山々は、
何回頂上に立ってもやっぱり感動するもんですよね。

石川さん 感動しますよ。
2ヵ月かけてようやく立てるんですから。
でも苦しいし、危ないのも確かです。
ローツェの頂まであと20mというときも、
「死なないようにしなきゃ」と思いながら登っていました。
頂上は風が強くて滑りやすいので、
5分も立ってられなかった。
もう必死に、シャッターを押します。

フィルムカメラをもっていくことじたい、
本当はバカげた行為なんです。
登頂するときは、荷物を極限までへらして
1gでも軽くするのが鉄則。
それでも我慢して中判カメラをもって登ると
“からだを使い果たす感”があります。
水平の旅や標高6000mぐらいでは味わえるものでなく、
8000m以上の山に登ったときにはじめて
自分をすべて使い果たすというか、
なんかこう、細胞レベルから生まれ変わるような気がする。
「ぼくのからだ、つくり直しています」みたいな(笑)。
自分を変化させたくなって、
8000m以上の高峰がつらなるヒマラヤ山脈に
何度も向かいたくなると思うんです。



―― 「細胞レベルから生まれ変わる」っておもしろい。

石川さん 自分のからだを、環境に適応させながら登頂する、
そんなプロセスがおもしろいんです。
街で暮らしていれば、寒ければ暖房をつければいい。
でも、こうした世界級の山に登るときは、
自分のからだを変化させるしかありません。

たとえば、世界で5番目に高い山、
標高8463mのマカルーという山に登ったとき、
予定よりも1時間はやい、
朝の4時に山頂についちゃったんです。
でも、当然真っ暗で撮影できません。
2ヵ月かけて登りましたから、1時間待ちました

―― ええー、1時間!?

石川さん 仲間はすぐ、「じゃあ、下りるわ」といって下りていって(笑)。
ぼくとシェルパのパサンくんの2人で待ったんです。
もう寒くて寒くて‥‥。
凍死するかと思いました。
血を足先へめぐらすように、
ボンボンボンボンと、雪を足で蹴り続けて。
たぶん、あの極限の状態になんとか適応しようと、
からだは一生懸命、変化していたんだと思います。
あの「日の出待ち」は忘れられないです。

―― そこで撮影された景色は?

石川さん 朝日が照らす先にうっすら見えてきたものは、
エベレストとローツェが並ぶ姿でした。
「ああ、双子じゃん」って驚きました。
この2つの山は双児峰だったんだって、
まったく予想していなかった絶景でした。

ローツェに登ってエベレストを目にしたときは、
「あ、案外とがっている」と思いました。
もっと鈍重な山だと思っていたんです。
下から見るとそんなにとんがっていないし、
シルエットだけでいうと
エベレストってむしろかっこよくなかった。
でもローツェの頂から見るとすごくとんがっていて。
「案外かっこいいなあ」って。

―― 案外(笑)。
惚れ直した?

石川さん 惚れ直した(笑)。
「おお、これぞ地球のでっぱりだ」みたいな。
エベレストをちがう角度から見ると
あらたな発見があって、
それを確かめたくて登ってしまうんですよね。

で、人の記憶は薄れてしまうから写真に記録するんです。
ぼくの記憶より、山の鋭角ぐあいや空の色は、
写真のほうが正しいですから。
自分の記憶に合わせて補正しないし、
色もほとんど変えてない。

―― お話を聞いて、
やっぱりこの手帳の空の色も
もう少しねばって写真の色に近づけたいと思いました。



石川さん 布だからむずかしいですよね(笑)。
でも、やってみないとわからないよね。
ぼくもこの手帳、ほしい。

―― (笑)
ぜひつかってください!
今日は本当にありがとうございました。

石川さん こちらこそありがとうございました。


石川直樹 いしかわ・なおき
写真家。1977年生まれ。2001年、七大陸最高峰登頂を達成。
写真集『NEW DIMENSION』、『POLAR』(リトルモア)で日本写真協会新人賞、
『CORONA』で土門拳賞受賞。また開高健ノンフィクション賞受賞の『最後の冒険家』(集英社)など、
著作・写真集多数。最新作に『国東半島』『髪』(共に青土社)『Lhotse』『Makalu』など
5冊のヒマラヤシリーズの写真集(SLANT刊)も発売中。
http://www.straightree.com/



石川直樹 HIMALAYA(オリジナル)