10年目の静かな改良。 書くことをさらに追求した手帳カバー。
12月の足音が聞こえてまいりました。 まもなく、2011年版のほぼ日手帳を使いはじめよう という方々もいらっしゃることと思います。 みなさんが新しい手帳を使いはじめてくださるこの時期は、 わたしたちにとって、うれしくもあり、 同時に、どきどきする季節ーー 新しい手帳にほどこした改良は、ユーザーのみなさんにとって、 本当に使いやすいものになっているでしょうか。 ほぼ日手帳は、ご存じのように、毎年少しずつ、 改良を重ねて来た手帳です。 2011年版も、いくつかの改良をほどこしました。 どれも、気づくか気づかないかくらいの、静かな改良です。 きょうはそのなかのひとつ、 手帳カバーの改良の舞台裏のお話を。  
この手帳カバーの改良は、 2010年の手帳カバーのゲストデザイナーでもあった、 モリカゲシャツ キョウトの森蔭大介さんに、 ご協力いただきながら、進めてきたものでした。 この改良に至るまでの過程を、森蔭大介さんの解説でお届けします。
ほぼ日手帳2011の予告としてお知らせした カバーの改良についてはこちら。
 
手帳の本来の「機能」とは。

手帳のカバーについて、一から見直してみてほしい、
そうお話をいただいて、どういうふうに考えていくのがいいのか。
最初に軸として考えたのは、「機能美」ということでした。
機能がある美しさ、機能のある意匠、デザインは、
絶対に残っていく。
機能をともなっている美しさは、なかなか変えようがないんです。

では、手帳の「機能」とはなんだろうか。
手帳の原点に立って考えてみました。
手帳というのは毎日書くものです。
つまり、「書く」ということが、手帳の機能です。
ほぼ日手帳のカバーは、
「ものをたくさん入れられる」んだけど、
それはほぼ日手帳の「特徴」であって、
手帳としての機能の第一にくるのは「書くこと」だろう。
それを今いちど考えてみよう。
これが、最初の手がかりとなりました。

書くという「機能」を第一に考えると、
考える余地がありそうでした。
手帳本体はもちろん、カバーに関しても、
個々のディテールには問題ないんです。
ただ、全体感としてはどうだろうか。
手帳本体をカバーにセットして使うことで、
起こってくること。
着目すべきはそこじゃないかなと気づいたことで、
今回の改良のスタート地点に立ったわけです。

 
本体とカバー、セットしたときにどうなるか。

これは、2010年版のカバーを横から撮った写真です。
まず最初の写真は、ポケットに何も入れていない状態。
ご存じの通りパタンと開きますので、
この状態で書くと、かなり書きやすいです。


2010年版 ポケットになにも入れていない場合

次は、ポケットにものを入れてみます。
このとき、写真の右側部分、つまり後ろのほうのポケットのほうは、
もともと比較的フラットなものを入れるようになっているので、
とくに問題はありません。
改良の余地がありそうな箇所は、写真の左側部分、
カード型のものをおさめるポケットが5つ並んでいる、
前のほうのポケットです。


2010年版 ポケットにものを入れた場合
(名刺5枚とカード電卓1枚を収納した例)

上の写真で、カバーと本体のページの間、
手帳のノド(背の内側)の部分に、
隙間ができているのがわかると思います。
この隙間があることで、どんなことが起きるかというと、
手帳を開いたとき、ここに凹みができてしまうんです。


ポケットの膨らみの影響で、前のほうのページには凹みができてしまう。

言うまでもありませんが、
紙というのは、フラットな状態でないと、書きにくいものです。
とくに、この凹みは手帳の前のほうのページに
できやすいものですが、
ここには月間カレンダーがありますから、
年間を通してスケジュールを書き込み、
繰り返し開かれるページです。


月間カレンダーページ。たしかにひんぱんに開くページ。

 
原因を知り、仮説をたてる。

はさむものの量や厚みが多いほど、
ポケットの膨らみは大きくなります。
ものを入れることでポケットが膨らむのは当然なので、
おそらく「これはそういうものだ」と考えられてきた
類いのことだったんだと思います。
しかし、できることは何もないのか、構造としてやむを得ないのか、
といえば、そういうわけではありません。
さきほどの、「ポケットにものを入れた状態」を
横から撮った写真を見るとわかるように、
手帳のノド側にできた大きな隙間が
ページに段差を生じているわけなので、
この隙間を小さくすることで、ページの段差を軽減できるはずです。

おそらくポイントは、ポケットの位置だと考えました。
というのは、現行モデルのカバーの場合、ポケットの位置が
手帳のセンターよりも外側に寄っているんです。


ポケットの位置が、手帳のセンターよりも外側に寄っている。

つまり、ものを入れたときのポケットの膨らみも、
手帳の中心から外側に偏ってしまっている。
ポケットの盛り上がりの中心を、
手帳のセンターに近づけることで、隙間は小さくなるはずです。

 
考えられる方法を検証する。

じゃあ、具体的にはどういう方法があるだろうか。
案としては、ふたつあります。
ひとつには、ポケットの位置を移動して、中央に寄せる。
ポケットをページの中央に持ってくれば、
膨らみはなだらかになって、段差も少なくなるだろう。
まずはそういう発想です。

もうひとつは、ポケットの幅を横に広げるという案。
つまり、カードを縦におさめる形になっている
ポケットの形状を、横にする。
そうすれば、ポケットにものを入れたときも、
重なり自体が減りますから、膨らみは、確実に減ります。
ひとまず、このふたつの方法を想定して、
検証していくことにしました。

ひとつめの、ポケットの位置の移動に関しては、
現行モデルのカバーを解体して縫い直し、
自分でサンプルをつくって実験をしました。
実験の結果は、ほぼ予想通り。
ポケットの位置を中央に寄せることで、
谷間の幅が少なくなり、ページの凹みは軽減されました。

次は、これを実際に工場でつくることができるかどうか。
制作を担当される現場の方々にご説明し、意見を聞きました。


「仕様変更」と聞いて、どんな難題がでてくるのか、
ちょっと不安な面持ちで集まったナイロンカバーご担当のみなさん。

ナイロンカバー、革カバー、いずれも
工場での生産に問題はないだろうということでしたが、同時に
「ポケットが内側に寄りすぎると、ものが入れにくくなるし、
 手帳を閉じにくくなるのでは」という指摘もありました。
たしかに、その可能性はあるかもしれない。
それも含めて検証しようということで、
ポケットの位置を変えたサンプルをいくつか、
工場でつくってみてもらったのが、次のステップです。


サンプルの指示書。ポケットの位置を変えて。

 
書きやすさと閉じやすさのバランス

実際にサンプルができあがってきてみると、
やはり、ポケットの位置が内側に寄るほど、
ノドの部分にゆとりがなくなって、本体をセットしたときに
手帳が閉じにくくなることがわかりました。
また、ポケットを横位置にしたケースでは、
ノドの部分にまったくゆとりがなく、
きちんと閉じることができない。
そのため、ポケットを横位置にする案はこの時点でなくなり、
方法は、ポケットの位置の移動、ひとつに絞られました。

理屈からいうと、手帳カバーの中心とポケットの中心とが
一致しているというのが、書きやすさを優先したときの、
いちばん理想的なポケットの位置です。
ただし、ノドの部分のゆとりがないと、開閉に問題がある。
そこで、スムースに開閉できることを条件に、
どこまでポケットを中心近くにもっていくことが可能か。
ページの凹みが少なく、かつ、手帳をふつう通りに閉じられること。

そのバランスをみながら着地したのが、2011年のカバーです。

 
シンプルな改良のもたらした、いくつかの収穫。

結果的に、辿りついたのはとてもシンプルなことでした。
ポケットの位置を少し寄せただけ。
でも、そうすることで、いくつかの収穫があったんです。

まず、これはもともとの目的でもありますが、
ポケットにものを入れたときに、
手帳のはじめのページがこれまでよりもフラットになったこと。
ポケットに同じ分量のものをいれてみても、
凹みの分量は、次のように変わっています。


2010年版 ポケットにものを入れた場合


2011年版 ポケットにものを入れた場合

写真のそれぞれ、ピンクに色づけした部分に注目を。
ポケットの位置を少し移動したことで、隙間の分量が少なくなったのがわかる。

また、ポケットを内側に移動したことに付随して、
バタフライストッパーの取りつけ位置も
少し内側に移動するという微調整をしました。
それによって、バタフライストッパーの太さを、
これまでよりもいくぶん広げることができたんです。

もうひとつ、これは副産物的なことですが、
現行モデルのカバーでは、カバー・オン・カバーをかけたときに、
ポケットに入れたものの端が、
カバー・オン・カバーのへりに若干かかるという状態でした。
これも、ポケットの位置を内側に移動したことによって、
改善されました。


2010年版のオリジナル。カバー・オン・カバーをかけると、
幅広のものは、カバー・オン・カバーのへりにかかってしまっていた。


2011年版オリジナル。ポケットを右側に移動したことで、
カバー・オン・カバーをかけていても、ポケットにおさめたものが
カバー・オン・カバーのへりにかかることはない。

カズンの場合も同じ考え方です。
もともとカズンのほうは、ポケットにものを入れても
横幅があるために、吸収するストロークが長くて、
オリジナルよりもポケットの膨らみの影響は少なかったんです。
でも同じ理屈でポケットをセンターにもってきて、
かつ、オリジナルでは実現できなかった、
ポケットを横位置にするという案が採用できました。
横位置にしたことで、ポケットの数は現行モデルよりも
ひとつ増やしています。


2010年版のカズン。ポケットの形状は、
カードを縦向きに入れるようになっていた。


カズンのポケットの検証のために森蔭さんがつくった手製のサンプル。


2011年版のカズン。ポケットを横位置にすることで、
ものをはさんだときの盛り上がりがゆるやかに。

 
手帳カバーの改良の舞台裏、いかがでしたでしょうか。
明日は、森蔭さんと糸井重里の対話をお届けします。
 
2010-11-22-MON
後編をよむ
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
 
モリカゲシャツ キョウト