ガラスという素材のうつくしさと、
遠心力、重力、表面張力と、技術の融合した
宙吹き作品のおもしろさ、ダイナミズム。
それがきがるに、身近に感じられる
高橋禎彦さんの、ガラスのコップ。
硬いはずなのにやわらかい印象の手触りや、
意外なほどのかるさ、口当たりのなめらかさ、
そしてなにより飲み物が(水も、お酒も!)
おいしくなってしまうという不思議さ。
ぜひ体感してみてくださいね。
アルファベット型のはしおきも、いっしょにならびます。

アルファベットはしおき制作中。

高橋禎彦さんインタビュー ぼくとガラス。 その3

オブジェから器に、そして道具に。

──
高橋さんはその後、溶けたガラスを巻いて、
ぷーっと膨らます「宙吹き」が、
ガラスのもつ特徴的なことや、
ダイナミックなことがいちばん味わえるからと、
その方向に進まれますよね。
そのなかで、技術や、美しさというようなところに加えて、
「実用」ということを意識するようになったのには、
なにかきっかけがあったんでしょうか。
高橋
蓼科に忘我亭というレストランがあり、
ギャラリーが併設されているんですね。
賑やかなご夫婦が経営なさっていて、
2人ともワインが好きなんです。
そことおつきあいのあった焼き物の人たちと
ぼくが親しかったことから、仲良くなったんですが、
ぼくが「かたちがおもしろいから」と
何個か作っていたワイングラスを
2003年の展示会の時に買ってくれて、
お店に置いてくださっていたんです。
ぼくは、つくってはいたけれど、
ワインの世界は敷居が高いと感じていて、
大手を振って「ワイングラスつくってます」
なんて言えないと思っていたんですよ。
そのワイングラスを買ってくれたお客さんがいたので
自分たちもその野蛮なグラスを試してみなきゃ、ということで
他のグラスと飲み比べてみたそうです。
──
野蛮なグラス。
高橋
その頃のグラスは、たしかに野蛮でした。
いまはもう残っていないんですけれど。
そして、それを使って飲んでみたら、
いちばん美味しいって褒めていただいたんです。
グラスもコップも、ぼくので飲むと美味しいと。
「なぜ?」って言われたけれど、
そんなこと自分にもわからないんですが、
ぼくもすごく勉強になったんですよ。
実際にそういうところで、
クリスタルガラスのワイングラスと飲み比べて、
素材の違いと形の違いで味が違うというのを
確かめさせてもらった最初なんです。
リムが開いてるとか閉じてるとかっていうのは、
まず味が変わる要因なんですが、
だけど同じような形をしていても、
自分のグラスは、やっぱり違ったんです。
そんなことがあって、その翌年に忘我亭で
ワイングラスの展覧会をひらいたんです。
2005年のことでした。
そして、それが、ちゃんと売れたんですね。
それで「まだ、作ってもいいかな」と思い、
そこから少しずつブラッシュアップしていったんです。
その頃東京の広尾にあった
「ギャラリー介」でも個展を開くようになったんですが、
最初の時に、オブジェ展をやったら、
1個しか売れなかったんですよ。
──
1個!
高橋
好きなことをやっているとはいえ、
それではさすがに悲しいし、
自分のことすら全然考えてないな、
って感じがしました。
ギャラリーにも申し訳なくて、
それでワイングラスだけでの展覧会を開いたところ、
大勢の方が喜んでくださったんです。
──
ワイングラスといっしょに、
デキャンタというんでしょうか、
片口もとても評判がいいですよね。
高橋
じつはワイングラスとほぼ同時に、
片口を作ったんです。
器としては、その前につくっていた
ボウルがあるんですが、
用途がいまひとつわかりにくかった。
でもそこに口を付ければ片口になり、
ハンドルも付けると水差しになります。
オブジェから器に、そして道具になるんですよ。
その「道具に変わる」ことがすごく面白かった。
そうするとこんどはその片口に
「ワインを入れるといいですよ」って、
お客さんが教えてくれたんです。
それで、いっしょに出すようになりました。
そういうものがちゃんと売れることがわかって、
そこから器まわりに本腰を入れたという感じです。

いち職人として。

──
高橋さん、もちろんアートの分野では
世界的な評価も受けておられるし、
誰も口を出さないんじゃないかと想像するんですが、
器となると、なぜだかいろんな人が
「こういうのがあったらいいな」と話しかけますよね。
高橋
「コップ屋のタカハシヨシヒコ」には
すごく話しかけやすいんですよね、きっと。
──
じっさいに個展でそういう光景をずいぶん見ました。
そもそも自分もそういうことを言ってしまいます。
「こんなのつくってください」なんて‥‥。
それにしても高橋さんの
受け入れ力(りょく)もすごいなあと。
すぐに「いいね、それ!」と、
つくってみたりなさるじゃないですか。
高橋
器屋さんって、作家性が出れば出るほど、
自分の分厚い生活を持っている人が多くて、
その分厚い生活の中から出てきたものを、
ぼくらが買わせていただく、
というところがありますよね。
──
はい。
高橋
そして、そういうところは、
お父さんもお祖父ちゃんも作家だったりします。
そういう、代の厚みがないと成立しない。
ぼくのような公務員の息子が、
そういうことやろうと思っても、
無理じゃない? というところは、
じつは最初からあるんです。
それとは別に、デザインというものが
どういうふうに成り立っていくかなというと、
「お客さんとのやり取り」からなんです。
考えてみれば中世は、王様や貴族が、
こういうの作れ、ああいうの作れっていうのを
職人が一所懸命、ちょっとずつモディファイして、
それが美しいもの達になっているはずです。
当時は、100年単位で同じものを作っていたけれど、
その長いプロセスを理論的にキュッと縮めたのが
今のデザインの世界じゃないかとぼくは思っています。
──
つまり、ワインのコップが急激に進化したのは、
お客さんとのやりとりから?
高橋
そうです。デザインって
こっちから持ち出すものじゃなくて、
行って、返って来るというやり取りのなかで
よくなっていくものだと思います。
ものが良くなるかどうかって、
そこで決まるはずだと思うんです。
──
作家から「これが決まりです」というふうにはならない。
高橋
なりません。器に関しては。
だから、ここのところ、それをやらせてもらっている、
という実感があるんです。
(おわり)
2016-04-27-WED
商品写真:大江弘之
インタビュー、その他の写真 ほぼ日刊イトイ新聞