さよならアルネ   2002-2009 and beyond... Arne
Arne30-表紙

第10回 慢心。
糸井 失礼な話ですけど、大橋さんには
慢心した時代っていうのはないんですか。
大橋 私はいろいろとマガジンハウス──、
当時の平凡出版のかたに、
ちやほやしていただけたんですね。
何かあると、ちょっと一緒にごはんを食べて、
とか、いろいろよくして下さいましたので。
でも、そういうのってよくないよって
言われたことがありましたね。
それはどうして憶えているかっていうと、
忘れられないのは、
やっぱり自分がそうだったからですね。
糸井 慢心をしたんですか。
大橋 そうです。
糸井 気が付かないで。
大橋 気が付かなかったの。
で、言われて初めて、
私は単なる専属のイラストレーターだ、
っていうことを
だんだん自覚するようになりましたね。
だから、あの時代は私は自分で
恥かしい人間だったなという
反省がありましたけど、
そのあとで、フリーになると、
そんな簡単なことより、
もっとすごく厳しい状況になりまして。
それは、自分でちゃんとしなきゃ、
私は単なるイラストレーターだと思うことで
何とか切り抜ける。
そこらへんが原点になって
切り抜けることができたかもしれない。
でも、すぐケンカしましたから。
ケンカというか、
イヤなことではイヤだと言って、
私のことをイヤなイラストレーターだと
思っている方も多いと思いますし。
ただそれは仕事面でね、
イヤなものはイヤだからで
やってきたからだと思うので、
個人的なことはそんなにお付き合いがないので。
糸井 ちいさくなってた、
ただの女の子ですよっていう人なわりには、
とにかくトライはしてるじゃないですか。
新しいことをしようとか。
それってなかなか勇気の要ることだと思うんです。
つまり、スポーツ選手でいえば、
決められたフォームを
変えるみたいなことですから。
大橋 そうですね。
糸井 それはある意味では、
慢心してるときに一気にできちゃうって
いうことも記憶にあったりするわけですよね。
ちょっと生意気ぐらいじゃないと
突破できないものっていうのは。
大橋 そうですね。その、突っ張ってるってよく。
そういうとこは、すごくあったと思いますけど。
糸井 それの極端に見える方いるでしょう、
赤塚不二夫さん。
忙しくて忙しくてしょうがない連載を抱えてて、
「やるのなんかやだよ」って言って
酔っ払ってたかもしれないわけですよね。
そういう時に、どうやって手を抜こうかとか、
山ほどそのアイディアがあるんですよ。
大橋 そうなんですか。
糸井 この間展覧会を見ましたけど、
改めて赤塚さん、
とんでもない時がありますよ。
「こういう絵を描く」っていう
文字が書いてあるんですよ(笑)、時には。
「ネタがないので、これもう終わりですのだ」
とか言ったり。
こんなに見開きでアップにして、
コマを稼いでみたり。
「左手で書いたのだ」なんて(笑)。
もうとにかく、なんだろう、
苦し紛れに許されるか許されないか、
ギリギリのところでなんかこう、
さっきぼくが言った
球持ってタックルしながら逃げていくみたいな。
それは読者も実はおもしろかったんですね。
やってくれたよ! みたいな。
で、ちゃんとコンセプトとして
一本に仕立てようとかっていう苦し紛れは、
やっぱりあんまり
面白くなかったんですよ、正直。
『レッツラゴン』っていう
タイトルだけ知ってるかもしれませんけど、
そのマンガは思いっきり変なことを
しようと思って始めてるんで、
スタート時、あまり面白くなかったんですよ。
それよりは、普段の連載の中で、
逃げよう逃げようとしているほうが。
おそらく大橋さんのあの長い、
何回も描いてるうちに、
下描きの線がたまたまあった、
どうしようっていうときに、
受け手の自分がよく見えるジャッジをできるか、
できないかは、慢心の度合によりますよね。
大橋 慢心‥‥。
糸井 ないしは、天狗になるというか、
ゼロではできないですよね。
それはだから、もう自分でもわからなくなってる。
ぼくは正直いって、慢心をしてましたよ。
ちょっと大丈夫だよ、ぐらいのことをしないと、
受け手の自分も満足しないんですよね。
大橋 でも、わかる気がする。
糸井 あいつが言うんだからしょうがねえな、
っていう場所を作っとかないと、
それは言う権利ないですから。
そこはやりましたね、やっぱり。
ちょっとやりすぎもありましたけどね。
大橋 でもやっぱり、今、お話に聞いてて、
よくわかるところもいっぱいあります。
糸井 そうですか。だってそうじゃなかったら──
ぼく、最近1回だけムッとして、
この1年で1回だけムッとして
その場を去ったことがあって。
大橋 えっ、何なんですか。
糸井 何年かにいっぺんぐらいあるんですよ。
それが1回、今年はもうはっきり、
この日はやっちゃったなっていう日なんです。
取材を受けていたんです。
取材の中でも、こういう記事を書くために
こういうことを言わせたい、みたいなのって
こちらはあんまりうれしくないんですよね。
向こうも、わかんないで終らせたくないから、
何かためになることみたいな、
文字になることを言うまで一所懸命ねばってて、
それをぜんぶ我慢してたんです。
で、ぜんぶ我慢して、さあ、これ我慢したし、
オレも大人になったなぁっていう感じで
ちゃんと終ったと思ったけど、
そのあとでカメラマンが
「こうしてください、ああしてください、
 笑ってください‥‥」みたいなのが、
立て続けに来て、笑ってるのに、
まだ笑えと言うんです。
「いや、ちょっとそれは無理だから」
ってごまかしたけど、
女の子を褒める篠山紀信みたいに
「きれいですよ」みたいなことを、
「いや、いいですね、よくなりました」とか、
なんか言うんで、
「もうこれでいい」って言って、
その場を帰っちゃったんですよ。
そんなことね、しなきゃよかったんだけど、
あと味悪いんですよ。
だけど何がイヤかっていうと、
一応カメラで写真撮るって作品ですよね、
で、自分なりに撮りたいものが
あるのかもしれないけど、
今ってみんな下請けの子たちが
編集部の人のための
プレゼンテーションをやるのに
いっぱい撮るんですよ。
つまり、写真なんか1枚撮ればいいだけでも、
あれもこれもぜんぶ私は撮りましたよ、
みたいな、その誇りのなさにカチンとくるんです。
「寝そべって逆立ちしてほしいんです」
って本気で頼まれたら、オレも頑張るんですよ(笑)。
いや、本当ですよ。
本気で「ケツを出してくれ」って言われたら、
ウーンって検討しますよ。
だけど、ただ笑う、
何かしゃべった人が笑ってました、
物持ってました、っていうところを
ドンドンドンドンいっぱい撮ってくっていうのは、
おまえ、それ下請け根性すぎるだろうって思って、
それが悲しくて怒ってるんですよね。
何だろう、ひょっとしたら自分たちも
フリーで仕事してる時って、そういう中で、
オレは仕事をキープしてるんだ、
みたいになっちゃう可能性っていうのは、
ひょっとしたらあるかもしれないじゃないですか。
まあ、ぼくだって才能はなかったけど、
ケンカできるっていう場所にやっぱりいないと。
人として何か、「おまえなに?」ってなっちゃう。
それは、だいぶ女の子になってきた
「アタシ」だけど(笑)、あるんです。
大橋さんが頑固だって
自分のことおっしゃるのと、
やっぱりそれに見合った何かみたいなの、
ぼくの中にもありますねぇ。
1回もなくしてないっていう気はしますね、
その気持ちはね。
我慢はします、我慢はしますけど、
2回までだぞ、みたいな。
『アルネ』を作る前のところの話で、
大橋さんとも何回かお話をしてますけど、
頼まれる仕事から、自分が決める、
自分のジャッジするおままごとになったのは
『アルネ』ですよね。それもまあ、
いよいよ最終を準備されているわけですが、
まあ周囲は悲しいんですけど、
ご本人はへっちゃらですよね(笑)。
大橋 そうなんです。なんでしょうね。
糸井 おみごと!
大橋 いや、そういうことではないと思うんです。
ちょっと‥‥。
糸井 自分のことだったらそうかもしれないな、
とも思うんですけれども。
大橋 そうですよ、絶対そうだと思いますけど。
糸井 後悔があるような仕事はしてませんよ、
っていう生意気なことも言ってみたいしね。
大橋 それ、言いません(笑)。
糸井 そうですか。
本当はいろいろあったとしても、
やっぱりやめるって決められたってことは、
決められた分だけのことはしてるんですよね。
大橋 うん‥‥ていうか、まあやっぱり、
『アルネ』を始めて、
糸井さんもそうですけど、
いろんな方に助けてもらいますよね。
それで、私の中で
もう十分満たされたっていう気持ちが
すごく強いのかもしれないです。
糸井 おままごとにゲスト呼ぶ、初めての仕事。
大橋 そうなんですね。
おままごともひとりじゃなくなったから。
お願いをして、でまあ、もしかしたら
私のおだんごをおいしいねって
食べていただいたかもしれないし。
糸井 いや、よく頑張りましたよね。
最初、大丈夫かどうかっていうことについては
心配はなかったんですか。
大橋 心配でしたけど、基本的に
「作ってみたい」から始まったから。
作ったら、買ってくださる方がいて、
じゃあこれ、2本目作れるね、みたいなことで。
私もずっと続けるつもりは最初なかったの。
でも、2本目は作れたな、みたいな。
じゃあ3本目どうしようかなって、
そういうことで、なかなかおもしろい、
大変だけどおもしろい仕事だなって思ったのが、
もう30号になっちゃったんですよ。
  (つづきます)

2009-12-25-FRI


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