「ほぼ日」のジャムおじさん‥‥いつからか、
糸井重里は、そう呼ばれるようになっていました。
自宅のキッチンで、土鍋を使ってせっせとジャムをつくり、
たくさんできたら、まわりの人にもおすそわけ。
NHKの番組『月刊やさい通信』でも
じぶんでつくったいろんなジャムを紹介してきました。



しかし、いったいいつから
ジャムを好きになったのでしょうか。
糸井に話を聞いてみましょう。

「ジャムは、幼い頃から好きでした。
 ビスケットにジャムをはさんだお菓子。
 そう、昔からあるやつ‥‥あれ、おいしいでしょ?
 みんなも好きな基本形『トーストにバター+ジャム』は
 もちろん好きです。
 でもね、戦後のぼくらの子ども時代に
 手に入ったジャムというのは、
 なんというか、ひじょうに、いわば、
 『いいかげんなもの』だったんです。
 この『ジャム』はほんとうに、天然のくだものを
 使ったんだろうか? というくらい、
 まぁ、少々あやしいものだったんです。
 でも、それはそれで、おいしかった。
 あまくてね。

  しかし、あるとき急に
 『これこそ、ほんとうのジャムだ!』というものが
 市場に出回りはじめました。



 それはちょうど、
 外国からアイスクリーム屋さんが日本に上陸して、
 アイスクリームが一気に
 おいしくなったときに似ています。
 そうそう、チョコレートにも、
 そういう瞬間がありましたよね。
 本来の原料ではない『いろんなもの』で
 かさを増やしたアイスやチョコより
 『アイスクリームって、これ?』
 『チョコってこういう味がするんだ』
 ということになりました。

 いまの若者は、あまりそういう感動を得る機会が
 ないかもしれないですね。
 でも、ぼくらの時代に育った人たちは、
 ジャムでもアイスでもチョコでも、
 ホントのものってこんなにおいしいんだ!
 という感動がありました。

 おいしいジャムに出会ったぼくは、
 家で、ちゃんとした材料で作ったら
 きっとおいしいんだろうな、と思っていました。

 そうしてときがすぎ、青年になってからいちど、
 いちごを煮て失敗したことがありました。
 いま思えば、ジャムづくりは
 そんなにむずかしいことじゃないんですが、
 そのときは『あんがいむずかしいんだな』と感じました。
 おいしいジャムはお店に売ってるし、
 買ったほうが早いと思いました。



 ぼくは昔からあんずが大好きでね。
 生のあんず、干しあんず、あんずゼリー。
 銀座あけぼのの『洋あんず』。
 それから、ザッハトルテの下のあんずジャム、
 あれ、うまいんだ。
 『あんずジャムはいいなぁ』って、憧れていました。

 そして、よしながふみさんの
 『きのう何食べた?』を読んだことがきっかけとなって
 ジャムをつくることになります。
 1巻から、いちごジャムが登場するんですよ。
 読んだのが、ちょうどいちごのいい時季だったので
 これはすぐに材料を買ってみねば、と思って、
 つくってみたら──できるではないか!
 あの若い日の失敗はなんだったんだろう。

 それからしばらく、毎日のようにジャムをつくりました。
 若いときにいったんあきらめていたところから
 できるようになったんで、おもしろくてね。

 ジャムだけじゃない。
 釣りだって、編みものだって、そうかもしれない。
 もともと『むずかしい』と思っていたことが
 自分の手でできるようになるというのは
 たのしいのです。
 好奇心と達成感のセットはつまり、
 『おもしろいこと』なんですよね。

 あんなにむずかしく考えていたのに、
 ジャムを煮ることは、じつに簡単なことでした。
 魚をおろすのと、ジャムを煮るの、
 どちらが簡単かというと、それはジャムです。
 魚をおろすには、腕がいる。
 煮ることには、腕はいらない。
 たったひとつ必要なこと、それは
 一所懸命、まじめにやることだけです。



 ぼくはもともと、そういうことが好きだったんでしょう。
 いわば、誰がやってもできるぞ、というものがね。

 やっていくうちに、こっちの材料のほうがいいとか、
 こういう工夫をしたらもっとおいしかったんだろうな、
 ということを考えますから、
 ちょっとずつ、自分なりの進化はあります。
 でも『これでいいんだよ』といえば、それでいい」

ときどき糸井重里が
おいしい煮豆をつくったりしていることを
われわれ乗組員は知っていました。
ジャムもそれに似ていますので、
『まじめに、手を抜かずに』
という作業が好きなんだろうな、と思っていました。
その真剣さが続くのは、いったいどうしてでしょうか。

「うーん‥‥ほかの仕事をしなくてもいいから、
 ということが、ひとつ、あります。
 つまり、ジャムをつくっているあいだは
 ジャムに手がかかるから、ほかのことはできない。
 ほかの仕事をしなくていい理由になるんです。

 ジャムを煮ている時間だけは、
 『俺はジャムで忙しいからな』って、言えます。
 たったの何分かだけどね。
 それは、なんだか助かるんですよ。
 短いけれども、鍋から離れてはいけない時間があって、
 そのあいだは、サボれる。
 風呂にも入んなくていいし、歯も磨かなくていい。



 そうやって、その時間に手を抜かずにやると、
 ちゃんとジャムはできる。おもしろい。
 人にさしあげると、よろこばれる。
 だけど、自分ひとりでつくってるのは
 もう無理だ、とも思いました」

たくさんのくだものの皮をむいて種をとってカットして、
干して、砂糖にひと晩つけて、土鍋で煮込む。
ひとりでやるには、限界があります。
欲しがってもらっても、そんなに
差し上げることはできない。
どうにかできないかな、と思ったのが
今回のジャム販売のきっかけになりました。

「レシピは発表してあるから、みなさんもつくれます。
 でも正直言って、誰かがつくってくれたらなぁ、
 って、ぼくも思います。
 ひっくりかえせば、こんなにめんどうなことはない」

そうして、相談をはじめて、サンクゼールさんに出会い、
この話を引き受けていただけることになりました。



「この『おらがジャム』のこと、
 ちいさい規模だということ、
 いろんなことをわかっていただかなくては
 なりませんでした。
 サンクゼールさんといっしょに試作をはじめるまで、
 話し合いの時間がいちばん長かったです。
 『こういう考えもある』『このやり方はどうか』
 いろんな部分で、やわらかく受け止めてくださいました」

特に、オーブンドライの工程は試行錯誤しました。
でも、乾燥させると、果実味が濃くなるんです。

「うん。なんだか濃くなるんですよね。
 煮てるときに蒸発させても、これはダメなんだよなぁ。
 そのへんは、よくわかんないところなんだけど
 もっといろいろ試してみたいと思っています。

 ひとびんに入るくだものの量が多いから、
 このつくりかただと、特に材料費がかかってしまいます。
 ふつうは商品にはならないものかもしれないけど、
 つくってくれるサンクゼールさんがいて、
 食べたい人がいれば、あいだのところで、なんとかなる。

 ふつうの工場製品って、ばらつきがあってはならないと
 いうことになっていますよね?
 でも、くだものの味は毎年ちがうし、
 ぼくはもっとばらつきがあればいいのに、と思います。
 くだものをつくる人、ジャムをつくる人、
 売る人、買う人、食べる人、みんながたのしみにして、
 『去年にくらべて今年はこうだったね』
 『今年のほうが好みだなぁ』なんて
 言っていただければうれしいです」

これからのジャムについても、
糸井にはいろいろと考えがあるそうです。
「おらがジャム」は
ひとつひとつ丁寧な試作を重ねつつ、
種類をすこしずつ増やしていけたらと
思っていますので、
ぜひ、たのしみにしていてください。