『樋口可南子のものものがたり』 土楽の里をたずねて 五月、藤の花房に迎えられ

そもそも「ほぼ日」が「土楽」福森雅武さんと
知り合うことができたのは、
樋口可南子さんがご縁でした。
雑誌『メイプル』で連載していたコーナーで、
大好きな街、京都とその周辺を訪ねて出会い、
樋口さんを魅了した、もの、ひと、自然。
その中に「土楽」福森雅武さんがいました。
この連載は一冊の本、
清野恵里子さん著『樋口可南子のものものがたり』に、
まとめられています。

その中から、
今回は、著者の清野恵里子さんのご厚意で、
樋口さんが「土楽」福森雅武さんをたずねた、
「土楽の里」の回を
全文掲載させていただくことになりました。
ぜひ、お読みくださいませ。



『樋口可南子のものものがたり』  第三章 食をめぐって 土楽の里  五月、藤の花房に迎えられ

曇り空の中、早朝ホテルを出発して、
山科のインターから高速道路を走り、
その後国道422号線を進むこと一時間余り。
車窓に映る景色は、いかにものんびりとしています。
気がつけば、街道の両脇に、
大小さまざまな信楽のタヌキ君たちが
ユーモラスな姿で整列しています。
「信楽ということは‥‥、ここは、滋賀県?」

でも目的地の伊賀はもうすぐのはず。
地図を広げてみると、京都府と滋賀県、奈良県、
三重県の一府三県が思いのほか近いことに驚かされます。

伊賀の里、土楽窯のたたずまい 土楽窯の愛猫、チャチャ君

山肌に美しい花房を見せる藤の大木 人(?)のよさそうな秋田犬の揚ちゃん

三重県伊賀市丸柱。
この地に代々続く伊賀焼の窯元、土楽窯の当主、
福森雅武さんを可南子さんが訪ねました。
土楽窯の周囲に広がる豊かな自然。
野山の花を摘み、
古い壷やご自身の作品に生けて楽しむという
福森さんの独自の花の世界は、
『土楽花楽』という写真集でも拝見することができます。


福森さんのお宅に続く小道の脇の、
田植えを終えたばかりの田んぼに小さな雨粒が落ち、
水輪が広がります。
あぜ道の向こうのなだらかな斜面には、
お稲荷さんの赤い鳥居も見えていました。

降りはじめた雨のせいで鮮やかさを増した新緑に、
すっぽりつつまれたかのような土楽の里が
温かく可南子さんを迎えました。

きれいに掃き清められた玄関先の大きな敷石を踏み、
「こんにちは」のご挨拶をした可南子さんの目に、
福森さんが焼かれた陶の仏さまの柔和なお顔が映ります。

天井に走る太い欅の梁や
磨き込まれた板の間に切られた囲炉裏。
床の間の柱、建具の桟の太さや間隔にも、
素朴さや無骨さとは一線を画す、
福森さんの作品に共通する繊細さと力強さの
絶妙なバランスが感じられます。

笑顔で迎えてくださった福森さんは、
いつの間にか、籠を手にして、
お宅のすぐ前まで迫る山に向かいます。

豊かな野山のめぐみに溢れるこの時期。
五月の緑は刻一刻と変化し、
それでなくてもお忙しい福森さんに
「楽しいお仕事」の時間が加わります。



行く手の山の斜面には、
たわわに咲き乱れる薄紫の藤の花房が
あでやかな姿を見せていました。

ツツジの花に、柚子の実、コシアブラ、
花いかだ、サンキライと、
籠には、本日の囲炉裏端の晩餐の食材が、
見る見るうちに福森さんご自身の手で収穫されました。

可愛らしい花いかだの葉 ツツジの花、柚子の実、
コシアブラ、柿の新芽、白つめ草、
花いかだ、サンキライ

さてさて、可南子さんが、心待ちにしていた、
晩餐がはじまりました。

次々と供される献立の見事さは、
主菜を決めかねるほどですが、
この地を代表する伊賀牛のヒレを、
土楽の黒鍋で焼いたステーキを筆頭とするべきでしょう。
福森さんがこの日のためにと、
京都のお魚屋さん、
『丸弥太(まるやた)』から取り寄せてくださった
琵琶湖のいい香りの稚鮎も出番を待っています。
先ほどまで籠に並べられていた、山の収穫も、
福森さんのお嬢さんが、薄い衣をまとわせて、
天ぷらにして出してくださいました。
そして、可南子さんだけでなく、
ご相伴にあずかった食いしん坊のカメラマン、
小泉さんをはじめとする一行が
思わずうなってしまった一品があります。
丸弥太さんから送られたとびきり新鮮な内臓を、
流水で丹念に洗い、
利尻昆布のうま味が十分溶け出したおだしに、
お酒、薄口醤油を加え、さっと炊いたもの。
山で摘まれたばかりの木の芽もどっさり添えられて、
まさに絶品でした。

もみじの若葉をそえた
琵琶湖の稚鮎
京都丸弥太さんから
送られた魚の内臓を
さっと炊いて
「絶品!」伊賀牛




囲炉裏端の酒宴を静かに見守るかのような、床の間の花は、
福森雅武作、伊賀の大壷にのびやかな姿を見せる
野海棠(のかいどう)です。
晩餐には、器好きの可南子さんを喜ばす、
福森さんの作品がたくさん並びました。
ステーキ用の伊賀牛が重ねられた白磁の輪花大鉢や、
山蕗(やまぶき)を盛った織部の鉢、
粉引の徳利や盃を眺め、
可南子さんのボルテージはあがります。

五月とはいえ、まだ肌寒さが残る
雨催い(あまもよい)の夕暮れ時。
囲炉裏にくべられた香木のかすかな香りと、
心地よいぬくもりに、
福森さん秘蔵のスコッチをいただきながらの宴は、
まだ当分続きそうな気配です。

きもの
合わせる帯次第で、いろいろ楽しめそうな結城紬は、
白茶に墨黒の繊細な崩し織り。


添田敏子作、型染めの帯。

帯締め・帯揚げ
浅葱ねずの帯締めに、優しい薄茶の帯揚げ


『樋口可南子のものものがたり』
清野恵里子著
写真=小泉佳春
集英社 ISBN4-08-781359-2
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2014-04-01-THU