新聞をとってない人々

第6回 テレビブロスがあるから

【前回のあらすじ】新聞をとってない人々は実在する。
彼らはぜんぜん平気なのだ!

二人目に会った新聞をとってない人は大学の後輩でした。
遭遇場所は新大久保にある彼のマンションです。
新大久保の駅の周りの雑踏には、アジア系の外国人の姿が
目につきます。
マンションの場所を探しながら裏通りを行くと、
電信柱にもたれ掛かって外人の街娼も立っています。
もう、すでに何割かは
日本じゃなくなってきているような町です。
彼の部屋のドアを開けて驚きました。
玄関口が、本棚や積み上げられた段ボールで
バリケードのようにふさがれているのです。
棚と棚の間にわずかな隙間があり、
そこから彼の顔が見え
「どうぞ、上がってください」というのです。
上がれと言ったって・・私は体を横にし、
すり抜けるようにしてなんとか中へ入りました。
学園祭のお化け屋敷を思い出しました。

やっと入った室内はワンルームマンション、
と言っても3畳ほどの狭さです。
しかも壁は大小の棚に蔽われ、狭い部屋を
さらに狭くしています。
おまけに床にもいろんな物が散在し、
文字どおり足の踏み場もありません。
後輩は「どこでも座っていいですよ」と言うのですが、
粗末なパイプベッドの上しか座れる所はありません。
棚を見ると、そこにはテレビを録画した
ビデオが山と積まれていました。
本は少ないかわりに、
映像の記録が小さい部屋を埋め尽くしているのです。
ビデオの本数は軽く1000本を超えているでしょう。
歌番組とバラエティー番組が多いようです。
「HEY!HEY!HEY!’98・3」などと
背表紙が付いています。棚の上の方には懐かしい
「夕焼けニャンニャン」も並んでいます。

「ここ家賃いくらだよ?」
私は狭い部屋を見回しながら尋ねました。
「7万です」
ペットボトルからあまり見たことのない中国茶を
注いでくれながら後輩が答えます。
「高いなあ。この狭さで。職場からも遠いんだろ。
もっと安くて広い部屋あるぞ」
「・・でも、新宿に近いから」
なぜか彼は住宅街には住みたくないみたいです。
上京して以来ずっと新宿の近辺に住んでいるそうです。
生活感のない無国籍の世界が
気に入っているのかもしれません。

「ところで、おまえ新聞とってる?」
私は本題に入りました。
「とってないです」
出たな、この異星人!

「なんで新聞とってないんだよ?」
「お金がもったいないから」
「もったいないのはここの家賃だよ。
新聞とらなくて困らないのか?」
「ええ。テレビブロス買ってますから」
てことは、テレビ欄しか用はない、ってことでしょう。
「ねえ先輩。テレビブロスって若者向けの雑誌なのに、
年金生活の老人がたくさん読んでるの知ってます?」
「知らない。なんで?」
「ふふ、値段が安いからですよ。
テレパルとかTVガイドよりぜんぜん安いんです」
「ふうん」

彼は社会に興味がないのかというと、
そんなことはないらしいのです。
NHKの「クローズアップ現代」という番組は
ネタが新鮮で面白いんですよ
と教えてくれました。さすがにテレビはよく見ています。
社会に興味があるなら新聞という
スタンダードなものを何故とらないのでしょう?

「僕は外から帰ってきたらまずお風呂に入るって
決めてるんです」
「はあ?」
確かに後輩は神経質なほうです。
下の階から昇ってくる煙草の煙が嫌だからと、
小さいベランダにはビニールシートで覆いがされています。
でも風呂と新聞にいったい何の関係が?
「新聞ってこのマンションだとドアの前に
置いていくんですよ。
それ取るにはドアを出ないと取れないじゃないですか。
でもこの部屋は入り口を棚で狭くしちゃったから、
入る時体がこすれて汚れちゃうんですよ」
「するとまたお風呂に入りたくなっちゃうってのか?」
「ええまあ」
「だったら棚をどければいいだろう?」
「もう棚を動かす所がないんですよ」
「??? なんなんだその理由は! おまえなあ、
どうでもいいけど新聞ってものはなあ、
新聞って、ものは・・そんな程度のもんなの?」

新聞をとらない人々は実在する。
新聞はそんな程度のもんらしいです。

1998-06-30-TUE

BACK
戻る