新聞をとってない人々

第2回 われら

私には少し神経質なところがあります。
子供の頃、津波に襲われる町の映画を見て、
毎晩玄関を見張っていたことがありました。
いつか津波が玄関の向こうから
押し寄せてくるような気がしたのです。
その時もし私が眠っていたら、
そう思うと怖くてたまりませんでした。

いけない、いけない。
私は気が小さいのです。
そんなことだから、いつまでも恋人ができないのだ。

高校時代の同級生がたまたま3人とも
新聞をとっていなかったからといって、
そんなことを気にするのは幼稚でした。
あの夜は懐かしい友達と会って、
久しぶりにSF談義なんかしたもんだから、
頭がSFチックになっていたんでしょう。
いつのまにか廻りの人間が、
みんな新聞をとってないみたいな気がしてしまった。
まるで「ゼイ・リブ」みたいに。

「ゼイ・リブ」というのはB級SF映画で、
主人公がサングラスを拾うんです。
そのサングラスを掛けると、
地球人になりすました宇宙人がうようよいるのが
見えるという荒唐無稽な話です。
上司も同僚も、みんな宇宙人が化けていたというわけです。
たはは。

上司も、同僚も?

翌朝、いつものように職場に行きました。
私の職場は、東銀座の小さな雑居ビルの4階にある
税理士事務所です。
50代の所長と、おばさんの事務員と私だけの事務所です。
早く資格を取って独立したいんですが、
なかなか試験にパスしません。
私はあまり頭がよくないのです。

「先生」と私は呼びかけました。所長は先生と呼ぶのです。
「先生は新聞をとっていますよね?」
あーっ? 先生は馬鹿にした顔で私を見ました。
しばらく、間がありました。私はドキドキしていました。
「読売と、日経!」
「そうでしたよね」と私はぺこりと頭を下げました。
ああ馬鹿なことを聞いちゃった。
「君は日経をとってるのか?」聞かれた私が、
とってません読売だけですと答えるのも待たずに、
先生はいかに日経を読むのが大切かを語り始めました。
それから約30分間、先生は不況の心得を説き、
いつもの橋本首相批判をぶちあげました。
私はいつものように適当に相づちを打ちながら、
なんだかほっとしていました。
不動の世間というものがここにある、
というような安心感を感じていたのかもしれません。

お昼になりました。
先生は糖尿療法の弁当を広げ、私は外へ食べに出ます。
入り口のそばの机に座っているおばさんの職員に、
声を掛けました。
「内村さん、新聞はなにとってるの?」
「あたしは、サンケイ」
私は笑顔でうなずきながら部屋を出ようとしました。
「でも、最近新聞読まない人増えてるんですってね」

え? 私は振り向いて、内村さんの顔を見詰めました。
「テレビで言ってた。
増えてるんだって」

私はエレベーターのないビルの階段を下りながら、
再び不安に包まれていました。
(新聞をとっていない人が増えてる?)
(ゼイ・リブだ。やっぱしゼイ・リブだ)
(第2回了)

1998-06-09-TUE

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