糸井 いま、堤さんがはたらいてるピクサーには
何人くらいの社員がいるんですか?
1200人くらいです。

プロジェクトが
3つか4つくらいは同時に進行してるので
「ピクサー」といいながらも
小さな会社がいくつも社内にある感じです。
糸井 ぼくらが思う以上に大きいんでしょうね。
ピクサーって会社の、実体は。
関わっている映画がちがうと
顔を合わせなくなっちゃいますから、
いかにして
ピクサーの「ファミリーみたいな感じ」を
保っていくかは、常にチャレンジです。
糸井 ピクサーって、やはり「特別」ですか?
ぼく、アニメーションの世界に
13年くらいいるんですけれど‥‥。
糸井 ええ。
10年、他の会社ではたらいたあとに
来たんですが、
ピクサーは、本当に「特別」だと思います。
糸井 前の会社というのは‥‥?
20世紀フォックスの系列の会社で
ブルースカイ・スタジオというんですけど、
そこで
『アイス・エイジ』というアニメーションを
つくってたりしました。
糸井 やっぱり、ちがいますか。
ちがいます。

前の会社は
典型的なハリウッドのシステム内にあって。

もちろん、
その在り方を否定するわけじゃないですが
大きなスタジオが
すべてをコントロールしていて、
監督やクリエイターの権利が、すごく弱い。
糸井 なるほど。
たぶん、「売れる映画」はつくれると思います。

でも、個人的な意見ですが
それでは「いい映画」はつくれないと思います。
糸井 うん、うん、うん。
やはり、クリエイターであるならば
理想的には
「いい作品をつくりたい、
 売れるけど、よくない作品には興味がない」
と、言いたいと思うんです。

だけど、心ではいい作品をつくりたいと
思っていても
そのためのシステムが整っていなければ
限度があると思うんですが、
ピクサーに来たとき、
「こんなところが、あったんだ!」って。
糸井 思った?
はい。
ピクサーは「いい映画をつくろう」としている。
糸井 ははー‥‥。
ただし
「いい映画をつくろう」と思っていたとしても、
つくれるかどうかは
その人たちの実力によりますから、
ピクサーにだって
いい映画をつくれない可能性はあると思います。
糸井 うん。
でも、
「いい映画をつくれる力量さえあれば
 つくることのできる会社」が
本当にあるんだなぁって、思いました。
糸井 それは、入ってすぐにわかりましたか?
わかりましたね。
糸井 たまんないなぁ‥‥。
はじめは、不思議ですらありました。

『トイ・ストーリー3』のときも、
監督が、すべてを決めてましたから。
糸井 つまり「お金を出す人」じゃなくて‥‥。
ぼくは、監督が求めているものだけを
つくっていればよかったんです。

つまり、すばらしい監督でありさえすれば
すばらしい作品ができるんだという、
ある意味で
当たり前だけど、当たり前じゃないことを
あらためて確信できたというか。
糸井 それは‥‥すぐにわかるんでしょうね。
もう「組織がちがう」んでしょうから。
同じアニメーション映画をつくってる
会社なのに、
まったくちがうシステムです。

野球とソフトボールくらいちがいます。
糸井 まったく別物だ。
やってることは似たように思えるんですが、
ぜんぜんちがう。

ピクサー映画は、どれも当たってますから、
つまり「お金を儲けて」いますから、
外から見ると線引きをしずらいと思うんですけど、
ピクサーのクリエイターは
自分たちが
心から「これこそ、いい映画だ」と思える作品を
つくれていて、
そして、そのことを楽しんでいるんです。
糸井 うん、うん。

Vincent Nguyen

Yuko Shimizu
   
お金が儲かってるから「成功してる」って
言われがちですが、
つくってる当事者たちは
そこで「成功かどうか」を、測っていない。
糸井 うん、うん、うん。
ぼくみたいに、アートディレクターとして
縁の下でサポートしてる人間も含めて、
監督以下、やっぱりみんな
とにかく「いい作品をつくりたい」と思っている。
糸井 だから、もちろん、それぞれの場面では
一生懸命なんですけど、
感覚としては
「自然と成功しちゃう」なんでしょうね。
ああ、そうかも知れません。
糸井 たぶん、
「いい作品さえつくっていれば、売れるんだよ」
って、もう‥‥言えちゃうでしょう?
‥‥言える‥‥と、思います。
糸井 みんな
「いい作品なんだけど、売れないんだよね」
って、どうしても言いたがるんだよね。
はい、ええ。
糸井 でも、
「金銀財宝があるからじゃなく、
 愛する人に会うために
 けわしい山道を登って行ったら
 筋肉がついちゃった」
みたいな。
ええ、そうなんです。
糸井 ただし、「売れる」ということ自体は
決して「悪」じゃないですよね。

そのおかげで、
できることもどんどん増えていきますし。
ええ、そうですね。
糸井 ラセターさんが学生時代につくったアニメと
いまのピクサーの作品とじゃ、
それこそ、
やれていることが、ぜんぜんちがうわけで。

その意味で「お金ってすごい」んですよね。
はい。
糸井 だから、理想主義の旗を掲げて
「お金じゃない」って盛んにいう学生がいたら、
「きみ、もうちょっと
 お金お金って言っていいよ」って、言いたい。
わかります、わかります(笑)。
糸井 ちなみに「次の映画がコケたらお終い」
みたいな経営をしてて
その映画が本当にコケちゃったら‥‥
はたらいてる人たちは、どうするの?
向こうの映画産業は
言ってみたら「バクチ」みたいな世界なので、
映画がひとつ失敗して
つぶれちゃった会社なんて星の数ほど。
糸井 ピクサーみたいに安定した会社は
稀なんでしょうね。
ぼくが、はじめて映画に関わった
『アイス・エイジ』という作品の場合には
製作が終った瞬間、
200人いた社員のうち、
170人が解雇されましたから。
糸井 うわー‥‥。
「もし映画が当たったら、また呼びますから」
みたいな。
糸井 そういう意味で言うと、
ぼく、クリント・イーストウッドって人に
興味があるんですよ。

あれだけの大監督なのに、
いまだに、ひとつずつ、ひとつずつ、
次の作品を撮れるかどうかということに
一生懸命になってますよね。
はい、はい。
糸井 つまり、この作品はあまり当たらなかった、
こっちは当たった、そっちで稼いだ、
あっちで賞を取った‥‥みたいな「波」が
その都度あって、
それでも、
ちゃんと次回作を撮れる映画をつくってる。
ええ。
糸井 あとに続く人たちが学べることを
いっぱいしてきてると思うんです。
そうかもしれません。
糸井 で、たぶんそれは、
組織としてのディズニーやピクサーにも
言えることだと思っています。
そうですか。
糸井 ぼく、ずっと前から
「ディズニーがあってよかったなぁ」って
思ってるんですよ。
‥‥というと?
糸井 たとえば、単純に「雇用」だけでも
あれだけ創出してるわけじゃないですか。

ウォルト・ディズニーという
ひとりの人間の描いた世界観によって。
そうですね、今でも。
糸井 だから「好きじゃない」という意見も含めて、
あんなに人に影響を与えている存在を
認めないなんていうことは、できないんです。

Lou Romano

Robert Kondo
ええ、ええ。
糸井 昔からの読者なら知ってるかもしれませんが、
ぼく、以前から
「うちのライバルはディズニーだ」って
冗談めかしつつ、
でも、けっこう本気で言ってますもん。
ディズニーと「ほぼ日」が、ライバル。
糸井 どこかでそう思ってないと、
「ものさし」が狂っちゃう気がするんです。

「ディズニーなんかダメだよ」って
言っちゃうのは、あまりにも簡単ですから。
なるほど‥‥そうですね。
糸井 ピクサーだって
「あの会社も、大きくなっちゃったから」
みたいに言われてると思うんです。
ええ。
糸井 でも、そういう会社を「ライバルだ」って
言っちゃうほうが‥‥。
はい。
糸井 ぼくらは、「立っていられる」気がする。
  <つづく>



チャリティで、何をするのか。

なにしろ、4年半もの間、
世界中、71人ものアーティストのあいだを回った
スケッチブックです。

そのまわりでは
本当にいろんな出来事が起こったらしいのですが、
そのなかのいくつかを、紹介しましょう。

森本晃司さんの「大失敗」!?

堤さんは、スケッチブックを回すにあたって、
いくつかのルールを決めていました。

4年半、最後まで守られたルールは
「スケッチブックは、手渡しで回すこと」
だったのですが
その間、思いもよらないハプニングが
さまざま起こりました。

最終回、第5回の対談中に
いくつか、エピソードが出てくるのですが
そこでは語られなかった
アニメーター森本晃司さんのハプニングを
ご紹介しましょう。

堤さんが、アーティストにイラストを
お願いするとき、
「画材が裏に滲んだりしないように」、
つまり
「作品が、
 他のページに影響を与えないでほしい」と
伝えていました。

しかし、出来上がってきた森本さんの作品は
裏のページに、
めちゃくちゃ滲んでしまっていたそう。

この絵の、どこが滲んでしまったのか?

タネ明かしは、ひとまず置いて、
このことを、申しわけなく思ったのが、
森本さんの奥さまでした。

「じつは、ぼく、知らなかったんですけど、
 森本さんの奥さんは
 福島敦子さんといって、
 アニメーションの世界でも
 とても絵がうまくて、有名なかたでした。
 そこで彼女が、
 森本さんの作品が滲んだ部分を活かして
 作品を描いてくれたんです。
 それはそれは、とてもかわいい絵でした」

さて、森本さんの絵のどの部分が裏に滲んで、
福島さんは
それをどうやって活かしたか‥‥わかります?

そう、スケッチブックの「赤」が、
「(滲んで)Sorry」Tシャツを着ている人(?)の
おなじみの「赤いズボン」に‥‥。

「つまり、森本さんの大失敗は、不幸中の幸い!
 素晴らしいアニメーターである
 福島さんのかわいい絵が加わることになって、
 スケッチトラベルにとっては
 結果的に
 とっても幸運なできごとになりました」(堤さん)

ちなみに「スケッチトラベル」をはじめた当初、
「作品は、見開きではなく
 右側のページだけに描く」
つまり
「左側のページは白いままにしておく」
ことを、
ルールとして設定していたらしいのですが
1ページ目の
レベッカ・ドートゥルメールさんからすでに
「見開きで、すごい絵を描き込んでしまった」とか。

(レベッカさんの作品は
 あす第5回に登場しますので、お楽しみに)

ちなみに、そのルールをつくった張本人である
堤さんご自身も、自分の番になったら
ご覧のように「見開きで描いてしまった」そうです。
ははははは。


Dice Tsutsumi

周囲に猛反対された「物忘れ王」へのオファー

長くなりますが、もうひとつ。

参加アーティストのひとり、ロバート・バレーは
ブラーのボーカリスト、デーモン・アルバーン率いる
ロックバンド、ゴリラズのミュージックビデオを
手がけるなどして有名ですが、
もうひとつ、
「とにかくモノを失くす」ことでも超有名。

堤さんが、
そんなバレーさんに「トラベルスケッチを頼む」ことを
決めたとき、
バレーさんの「元彼女」をふくめ、
周囲の人たちから「本気で猛反対された」とか。

そこで、
バレーさんがサンフランシスコへ旅行に来たとき、
「滞在しているホテルから
 スケッチブックを絶対に外に持ち出さない」
ことを条件に、お願いしたそうです。

スケッチブックを渡したとき、
バレーさんは
「大丈夫、絶対に失くさないから、安心して!」と
スケッチブックを強く抱きしめながら、
会合場所であるレストランを後にしたのですが‥‥。

なんと、スケッチブックは無事だったものの
「サイフ、携帯、カメラ」など、
「他のすべての荷物」を
レストランに、置き忘れてきてしまったそうです。

さすが「鬼才」と呼ばれるバレーさん、
物忘れも「鬼」レベルだったようです。


Robert Valley






2011-10-18-TUE