楽しまないともったいないから。春風亭昇太さん×糸井重里 対談
第4回
宇宙一まずいラーメン屋の話。
糸井
インターネットができて以降は、
自分を好きじゃない人まで、
落語を見に来ることもありますよね。
「昇太がどのくらいおもしろいか、
 今日は見に来てやったんだよ」
みたいなね。
あれ、やりづらくないですか?
昇太
やりづらいですね。
「嫌だったら聞きに来ないでくださいよ」
と高座で言ったこともあります。
糸井
最初にビラを配っておいたらどうですかね。
「途中退席歓迎です」とかね(笑)。
でも、そういう経験をしながらも、
そんな人がいないかのようにやるわけでしょう。
昇太
そうですね。
それは仕事ですから。
そういう方も含めて、お金をいただいているので。
糸井
ちゃんと切り替えられる?
昇太
いや、全然無理ですね。
ぼくはすごく気が小さいから、
笑ってない人が見えると、気になっちゃうんですよ。
でも、動揺をお客さんに気づかれちゃいけないと思って
ニコニコしてはいるんですけど、
自分が稽古中に「プッ」て笑ったところで、
「さあ、どうか」って客席を見ると、
その人は全然笑ってないんです。
「これもダメなのか」ってまた落ち込みます。
糸井
それは若手のときからですか。
昇太
はい。ずーっとそうですね。
慣れないです。
糸井
厳しいですねぇ。
そこがプロということなのかな。
もし、昇太さんの落語で笑ったことがない
という人たちを50人集めて、
「昇太をおもしろくないと
 思う人たちのための高座」をやれっていう
罰ゲームがあったら、どうします?
昇太
そうですね。お金で解決しますかね(笑)。
お金を渡して
「すいません。勘弁してください」。
いや、でも、その体験をした後の話は
きっとおもしろいだろうから、
がんばってやって、後で
「このあいだ、こんなことがあったんですよ」と
ネタにするでしょうね。
糸井
それはおもしろいね。
昇太
ぼくら、「枕」と言って、
落語をしゃべる前に
いろんな話をするんですけど、
だいたい、ぼくが辛かった話は、
お客さんにおもしろがってもらえるんです。
日々、嫌な思いするときあるじゃないですか。
タクシーの運転手さんの態度が悪かったとか、
自転車に乗っていて転んだとか。
それ自体は辛いんだけど、内心、
「これネタになるんじゃないの」
と言ってる自分がいるんですよ。
血を流しながらも、
頭のなかに別のぼくがいて、
「これ、おもしろいんじゃないの?」
糸井
使えるぞ、と。
それは一般の人でも応用できそうですね。
昇太
はい。そうすると、
どんなこともあんまり辛くないんです。
そこは、この仕事を続けていて
よかったなと思います。
糸井
そういえば、お笑いの人たちって
ひどい目にあった話を
仲間同士で分けあいっこしてますよね。
テレビ番組の
『すべらない話』というのもそうだし。
昇太
そうなんですよね。
不幸なできことを、
「自分は本当に不幸だ」と
思いながらしゃべったら、
それは不幸に聞こえるんだけど、
不幸な話でも、
アプローチの仕方をうまくやれば、
ものすごく良質なネタになるんです。
糸井
そうですよね。
「不幸な話」もそうだし、
あと「怒る」ということについても、
それをネタにできる人は、
怒りながらも客観的にしゃべってますよね。
昇太
入ったお店の料理がまずくても、
「すっごくまずかったよぉ~」と
怒りながらもネタにする。
糸井
そうそう。
じゃないと、おもしろくないからね。
昇太
うちの近所に中華料理屋あるんですよ。
文字が下から上に
ガーッと流れる電気の看板があって、
そこに、
「ラーメン」「餃子」って出てるんです。
そう書いてあるんだから、
それが一番自信があるんだろうと
思うじゃないですか。
糸井
思いますね。
昇太
で、店に入って注文したら、
ラーメンが全然おいしくないんですよ。
餃子にいたっては、
箸でつまもうとすると、
ギュッと閉じているところが
ピローンって広がるんです。
糸井
つまむと広がる(笑)。
昇太
すごく食べづらくなるんです。
だけど、だんだんおもしろくなってきて、
そのときは弟弟子と一緒だったんですけど、
「あ、また餃子の花が咲いた」
「もう1つ食べてみろ。
 また咲くかもしれないから」
って盛り上がりました。
それで、このまえ、
「餃子の花が咲く中華料理屋があるんですよ」
ってみんなに話したらウケました。
中にはその店にわざわざ行った人がいて、
「ぼくも3枚咲きました」って、
報告してくれる人がいたり。
糸井
どこかで自分たちのやってることを
客観視する目を持つことが大事なんですね。
ラーメンといえば、
ぼくも、河口湖の周辺で
「宇宙一まずいラーメン屋」に
入ってしまったことがあります。
これはぼくが
「宇宙で一番だ」って認定したんだけど、
やっぱり後で友達が行きましたもんね。
どのくらいまずいんだろうって。
昇太
ええ、気になります。
糸井
すごいんですよ。
店に入っても、人の気配が全くなくて、
漫画雑誌が15年分くらい置いてあるんです。
で、ふつうは板に書かれたお品書きって
壁に掛かっているでしょ?
あの板が掛かってなくて、
ただ並べて置いてあるんです。
で、それの他に、
テーブルにもメニューがあって、
一番安心そうなものを
考えるのに苦労しました。
ま、山菜ラーメンが一番不安がないなと。
タンパク質は危ないですからね。
昇太
「タンパク質は危ない」って(笑)。
糸井
で、「こんにちはー」とか言って、
出て来たのが子どもなんですよ。
昇太
いいな、羨ましいなぁ。
そこ、行きたいなぁ。
糸井
多分、まだあると思います。
山菜ラーメンを頼んだら、
中から大人の声が聞こえたんで、
作っているのは大人なんですけど、
それで、出てきた山菜ラーメンがですね、
ひどかったの、これが。
そのまずさは、
口ではなかなか言い表しにくいんですけど、
ぬるっとした麺が入っていて、
ラーメンの要素である
シナチクとかそういうものはなくて、
瓶詰めの山菜が……ぶちまけてあった(笑)。
昇太
いいなぁ(笑)。
糸井
すごいでしょ?
しかも、真冬で店内が冷えてて、
その子どもが
石油ストーブをつけてくれたんですが、
石油のにおいがずーっと続く。
瓶からぶちまけた山菜、
ぬるっとしたラーメン、
石油のにおい。
「これ、金払う人って、
 なにに対して払うんだろう?」
だいたいぼくは一生懸命に
食べる人間なんですけど、
その日から
「ものは残してもいいんだ」と
思うようになりました。
昇太
新しいステージだ。
糸井
はい。これがぼくの体験した
「宇宙一まずいラーメン屋」なんですけど、
行きたくなったでしょ?
昇太
行きたくなりましたね。
あの、一昨日の話なんですけど、
横浜中華街の中華料理屋さんに行ったんです。
ラーメンを注文して待っていたら、
ぼくのメニューを聞きに来たお兄ちゃんが、
向こうでなにか食べてるんですよ。
なにを食べてるのかなと思って見たら、
カップ麺なんです。
糸井
えぇ?
昇太
それ見て、
「ダメだこの店」って(笑)。
しかもなんか「ごっつ盛り」って書いてある
すごくデカイやつを、
ズズッとおいしそうに食べてるんですよ。
糸井
それ、すごいね。
昇太
なんでラーメン屋なのに
お客さんの前で、カップ麺を食べてるのか。
その神経を考えると、おかしくて。
糸井
すごいですね、それは。
そんな目に合いたくないと言いつつ、
ちょっとは、合ってみたい気がします(笑)。

(つづきます)
2016-09-06-TUE