YAMADA
はじめての落語。春風亭昇太ひとり会

第7回 特別な、志ん朝師匠。



糸井 ぼくは人と落語の話をするとき、
どうしても(古今亭)志ん朝さんの話に
なってしまうんですけど。
昇太 ああ。我々にとっても、志ん朝師匠は、
これはもうちょっと、特別な存在ですからね。
糸井 あああ、やっぱりそうですか。
ぼくはそんなには志ん朝さんのことを
知らないと思うんですけどね、
あの人がもういないっていうことは、
ほんっとに、切ないんですよ。
昇太 まあ、あの歳で亡くなってしまった
志ん朝師匠っていうのは、やっぱり、
ここ何年っていうか、百年単位で、
落語界にとって大損失ですよね。
糸井 ですよねぇ‥‥。
昇太 だから、ま、考えかたとしては、
もう、志ん朝師匠の生の時代に
間に合ってたっていうことを、
自分の最大の喜びとするしかないなっていう。
糸井 ああ、そうですねえ。
昇太さんは、たくさん聴いてるんでしょう?
昇太 そうですね。でも、
噺家になってからは、意外と少ないんですよ。
協会が違って、仕事場が違うので。
たまにいっしょになったとしても、
先輩の高座を前から見るっていうのは、
わりとやってはいけないことなんで。
糸井 ああ、そういうもんなんですね。はぁ〜。
昇太 でも、いっしょの仕事のときは、
やっぱり、うれしかったですよ。
なんか、もう、
汗の拭き方からかっこいいんですよ。
糸井 うわぁ‥‥!
昇太 うちの師匠(春風亭柳昇)なんかはね、
もう、がさつなもんですから、
汗かくと手ぬぐいつかんで、
バーーって拭いて、「暑いね、今日は!」
なんていう感じなんですけど(笑)。
志ん朝師匠は、ほんとにこう、
手ぬぐいをちょっとこう丸めて、
(額の汗をおさえる仕草)こうやって。
もう見てて、「かっこいぃ〜!」と(笑)。
この人、ふだんから落語だ、みたいな。
糸井 わかるわ‥‥(笑)。
そうですよねえ、いわゆる所作っていう。
昇太 きれいなんですよ、もう。
糸井 きれいなんですよね(笑)。
昇太 ええ。
糸井 僕は二度だけお会いして。
一度はなんと、寿司屋で隣り合わせ!
昇太 あ〜、夢のようですね。
糸井 ほんっとに、夢のようです。
なんだか隣にかっこいい人が座ってるな、
って感じで気がついたんですよね(笑)。
こう、静かに寿司を食べてる‥‥酒を飲みながら。
それが、志ん朝さんだったんですけど‥‥。
昇太 うわぁ〜。
糸井 いや、もう、見られないですよ。
昇太 うん(笑)。
糸井 だけど、じつは見るんですよ。
でも見られないっていう状態で(笑)。
昇太 わかります(笑)。
糸井 ぼくはもう、ちょっとあがっちゃってて、
ふつうに食べてるんだけど、
落ち着かないんですよね。
話しかけちゃいけないんだけど、
こう、目が合うくらいのことがあったら
うれしいだろうなあみたいな感じで。
で、なんか、こう、板前のオヤジと
話すふりをしたりなんかして。
昇太 わっはっはっはっは。
志ん朝師匠の側をちらっと見たりして。
糸井 そうそう、視線を、ちょっとこう回して(笑)。
いつもよりちょっと余計に首が回ってたりで。
で、それだけなんです。
ただそれだけなんですけど、そのね、
なんていうの?
ワビサビですよ、もう、居かたが。
その、新築じゃない建物のよさなんですよね。
昇太 存在自体が。
糸井 存在自体が。
昇太 なんか、かっこいいんですよね。
糸井 かっこいいんですよ(笑)。
昇太 なんかこう、たたずまいがいいんですよね。
たたずまいって言葉が、ほんとに似合いますね。
糸井 そうです‥‥そうです‥‥。
もう一度お会いしたときは
逗子に高座を見に行ったときで、
楽屋で3分ほどお会いして、
ご挨拶だけさせていただいんたんですけど、
こう、自分がぼわっとしてしまって、
声がなかったですよね。
だから、なんていうんだろう、
ぼくは、いろっんな芸人さんとか、
芸能界の人とかスポーツ選手とか、
いっぱい会ってますけど、
あんなふうに感心しちゃった経験って、
ないんですよね。どの分野でも、
一流の人が持っている力って
やっぱりすごいと思うんですよ。
でも、志ん朝さん以外の人と会ったときは、
どこかでつながることが
できるかもしれないって思えたんです。
でも、志ん朝さんは、違いましたねえ。
まあ‥‥こんなに長く話すような
内容じゃないですね(笑)。
つまり、二度会ったんですよ
っていうだけの話なんですよね。
昇太 それだけでも、そうとう話せますよね(笑)。
糸井 こんなにしつこく言ってる自分に驚きます(笑)。

昇太 志ん朝師匠とは、
ときどきお話しさせていただいたんですけど、
お話がまた、すっごくかっこいいんですよ。
糸井 あー、そうですかぁ!
昇太 こう、いっしょにご飯食べてるじゃないですか。
すると、こんなふうに言うんです。
「昔、文楽師匠がね‥‥」って。
もう、それだけでぼくはね、
「文楽師匠が志ん朝師匠に
 なにを言ったんだ!?」っていう。
糸井 ああ、なるほど(笑)。
昇太 もう、「昔、文楽師匠がね‥‥」ってだけで、
「んっ!?」って感じですよね。
糸井 どんなことをおっしゃったんですか。
昇太 「『寿司屋にはね、寿司屋らしい寿司屋とね、
  寿司屋臭い寿司屋があるんだよね』」って。
糸井 あぁ〜、うまいですねぇ。うん。
昇太 ねえ(笑)。でね、
「『芸人もおんなじです。芸人くさい人はだめ。
  芸人らしく生きなさい』って言われたよ」
っていうことを、志ん朝師匠から、
ぼく、言われたときに、もう、
志ん朝師匠がここにいて、その先に文楽師匠がいて、
その話がぼくのとこに来てるかと思ったら、
なんかもう、ポーッとしちゃって。
糸井 雷に打たれたみたいな感じですね。
昇太 うわぁ! って感じですよ。
糸井 いいねぇ〜。
昇太 はい。もうそれだけで、
あ、落語家になって良かったって感じですよね。
(続きます!)

2004-08-14-SAT

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