03勝ち負けについて

  • 将棋の世界に関わるようになって、
    勝ち負けについて考えることが増えた気がします。

    僕が過ごしている日々の中で
    勝敗がつくような場面はほとんどなくて、
    もし勝敗がつくような生活だとすれば、
    それをどういう風に捉えるのか。

    昨日、勝つことができたこと、負けてしまったこと、
    明日、勝つかもしれないこと、負けるかもしれないこと。

    どれくらい振り返って、 どれくらい想像して、
    嬉しかったり、悔しかったり、
    その感情とどう付き合うんだろう。

    日本将棋連盟のサイトで
    毎日の対局の勝敗結果をチェックするときに、
    ときどき、そんなことを考えます。

  • 藤井四段は30連勝のかかった対局に負けた後、
    「連勝記録はいつか途切れてしまうものなので仕方がない。
    ここまで連勝できたのは自分の実力からすると出来過ぎで、
    これからもまた気持ちを切り替えて将棋を指していきたい」
    とインタビューに答えました。

    淡々と質問に答えるその姿からは、
    積み上げてきた連勝記録が途絶えた悔しさはあまり感じられず、
    少し不思議な感じがしましたが、
    それはきっと、藤井四段は勝ち続けながらもずっと、
    負けることについて考えてきたから
    なんじゃないだろうかと思いました。

    負けることについて考えながら、
    でも、言葉として吐き出す機会がないまま連勝を重ね、
    意味や形を変えて存在していたその感情が、
    30回目の対局に負けて、ようやく世にでることになった。

    藤井四段の話し方が、
    悲しさとか悔しさとかそういった感情とは
    少し離れた場所にあるように感じたのは、
    長い時間そのことについて考えてきたことが
    理由のような気がしたのです。

  • 藤井四段はその後、別の対局でも負けてしまいます。

    「負けてしまったのは残念ですが、
    今は強くなるということが最優先なので
    それに向けて頑張っていきたい」

    相変わらず、穏やかな口調で並べられる言葉を聞きながら、
    悔しい、悲しい、のような瞬間的な感情がでないのは
    やっぱりすごいなと感心していると、
    感想戦で藤井四段の表情が変わりました。

    感想戦というのは対局後に
    対局者の二人で一局を振り返りながら
    この手はよかった、とか、
    ここでこう指されていると苦しかった、とか
    それぞれの局面について検討する時間なのですが、
    その感想戦の途中、藤井四段は笑ったのです。

    さっきまでのクールな表情からガラリと変わって、
    新しいおもちゃで遊ぶ子供のような、好奇心たっぷりの笑顔。

    将棋が好きだ、という気持ちが溢れ出ていて、
    それを見ていると、勝ち負けとかそういう次元の話では
    ないような気がしました。

    勝つとか負けるとか、そういったものの前に、
    「将棋が好き、指したい」という気持ちがあって、
    だから、負けて悔しいみたいな感情は、
    大きなものとして存在しないのではないかと思ったのです。

  • ここまで書き終わった時、
    何の気なしに、月刊誌である「将棋世界」の最新刊を読んでいると、
    藤井四段のロングインタビューが掲載されていました。

    30連勝が阻まれた、佐々木五段(現六段)戦についての質問に、
    「自分としては単純に悔しい気持ちが圧倒的に大きかったです」

    好きだろうがなんだろうが、
    負けた時の悔しさが軽減されることはないみたいで。

    勝負の世界を生きるということについては
    そんなに簡単に理解できるものではなさそうなので、
    勝ったり負けたりする棋士の姿を追いながら
    その世界のことを想像する日々は、まだまだ続きそうです。

引用部分:
将棋世界 2017年9月号
日本将棋連盟 発行/マイナビ出版 販売

(つづく)

2017-08-26-SAT

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