質問六  いままででいちばん心に残っている、 美しい思い出を教えてくださいませんか?  ちなみに私は十八の初夏。 大学進学で田舎を出て初めてのひとり暮らし、 第一志望の大学、新しい仲間、好きな人、憧れの先生。 希望と夢がいっぱいの若葉の美しい京都で、 乗り慣れてない叡山電車に揺られ、 たまたま乗り合わせた合唱部の女の子たちが 「夢の世界を」を歌いだしたあの日。 夢のように美しかった。  (ヒトエ 二十五歳)
谷川俊太郎さんの答え  小学五年のころかなあ、 模型飛行機作りに夢中になっていた。 一本胴と言って細い木の棒が胴体で、 翼は竹ひごをろうそくの炎であぶって 曲げて骨組みを作り、それに薄い紙をはる。 プロペラはねじって巻いたゴムひもで回る。 でもぼくは不器用だから なかなか思うように飛ばないんだ。 その日も自分で作ったのを 近くの学校の校庭で飛ばしていた。 他にも何人かいて 子どもだけじゃなくて大人もいたんだけど、 その中のひとりが ぼくと同じような飛行機を飛ばしたんだよ。 ぼくの作ったのと違って それはぐんぐん上昇していって、 豆粒みたいに小さくなって、 多分上昇気流にのったんだろうな、 とうとう見えなくなってしまったのさ。 木と竹と紙でできた手作りの小さな飛行機が 青空に溶けこんでゆくその光景に、 ぼくはほとんど宗教的な恍惚を感じた。 思い出と呼ぶともう昔の話みたいだけど、 このときの体験は、いまも詩を書く自分の中で 生きていると思う。

2009-01-01-THU


illustration: NANAE EDA //(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN