質問三 なぜ人間は「忘れる」のでしょうか? いいことでも、悪いことでも。 でも、どうでもいいことは忘れなかったりします。 (もり 三十三歳)
谷川俊太郎さんの答え ぼくはすごく忘れっぽい。 小さいことでは 朝何をしたかを夜になるともう忘れているし、 大きいことでは 小学生のころから歴史が苦手。 忘れっぽいことでずいぶん人を傷つけてるから、 これは自分の最大の弱点だと思ってる。 でもぼくの伯父みたいに 何ひとつ忘れることができなかったのも、 苦しかったんじゃないかと思う。 彼は行ったことのないパリの街路の名前を すべて憶えていた。 歴史の知識もすごかった。 でもぼくはこの伯父に 人間としての深みを感じなかった。 ぼくに言わせれば 憶えていることは言語化できる意識に属していて、 忘れていることは言語化が難しい意識下に 属しているんじゃないかな。 つまり忘れたことは、憶えていることよりも 深い心のどこかに保存されていて、 それも自分をつくってる一つの要素だと考えたい。 どうでもいいことを忘れないのは、 もしかするとそれがどうでもよくないことへの 入り口だからかもしれない。 忘れる生理的メカニズムは 脳科学者が答えてくれるだろうから、 ぼくはあまり興味がありません。

2008-12-29-MON


illustration: NANAE EDA //(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN