ひとりでビルを建てる男。
ひとりでビルを建てる男。
岡啓輔さんの、
蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)ができるまで。
最新の記事 2008/04/04
 

【23】建物の構造を考える人。



▲前面道路から地下を見下ろす。

建築を設計するときに、
形や仕上げを考える意匠設計者
(この人を普通は建築家と呼んでいます)と別に、
構造、設備、照明、ランドスケープなど、
専門分野の設計者が参画することがあります。
岡さんは、蟻鱒鳶ルをつくるにあたって、
構造の専門家に相談することにしました。
今回は蟻鱒鳶ルの構造設計者である
名和研二(なわ・けんじ)さんについて紹介します。

構造設計をだれに頼むか。
実は岡さんは相当に悩んでいました。
岡さんがやろうとしているのは、
今まで誰もやっていないことだし、
それを理解して協力してくれる人は、
そうは多くないと思ったからです。
建築雑誌をいろいろ調べて、
この人ならわかってくれるだろうとあたったのが
名和さんでした。

名和さんは、もともと意匠設計の道に進もうとして
建築設計事務所に勤めたのですが、
途中から構造設計の道へと入り込んだ変わりダネです。
構造設計者は、
基本的には意匠設計者が設計したものを
壊れないかどうかチェックするのが仕事です。
でも名和さんの場合は、
意匠設計者がやろうとしていることの本質を汲み取って、
これならこういう設計に替えた方が構造的に合理的だ、
などと逆に提案をしたりすることもあります。
意匠設計者と共同で建物を考えていくことを
得意としているのです。


▲少しずつアドリブのデザインが現れ始めた裏側の自立壁。

■半年間は設計せずに飲むだけ

岡さんから連絡があって、
初めてこのプロジェクトについて聞いたとき、
名和さんは、半信半疑だったそうです。

「やろうとしていることや、
 その面白さはすぐに理解できたけど、
 岡さんがどこまでこれを
 本気でつくろうとしているのか、
 そこのところがわからなかったんです」

そこで名和さんは、
岡さんと酒を飲みながら
じっくりと話を聞くことにしました。
岡さんは自分が何をやりたいのかを一生懸命に説明し、
そのあげくには踊り始めてしまうのだそうです。

「半年間は具体的な設計の話はしないまま、
 飲みに行くのを繰り返していましたね。
 岡さんと話をしていると面白いし、
 居心地がいいから、
 とりあえず付き合いを続けるようにしたんです。
 岡さんのダンス公演も見に行きました」

そうして岡さんのキャラクターを理解していくうちに
名和さんは確信しました。
岡さんだったら、これをつくれるだろうと。

■合理性をつくり直す

その後は、具体的な構造設計へと
名和さんが取り組んでいきます。
最終的な形を決めないままに
岡さんは建物を建て始めてしまっていますが、
こういうつくり方で建物の構造は大丈夫なんでしょうか?

その疑問に対しては名和さんは、

「鉄筋コンクリート構造で壁の量は十分にあるから、
 よほどバランスの悪い配置に変えない限りは大丈夫」

と言います。
岡さんはコンクリートについて
自分でよく勉強しているし、
圧縮試験もしているから心配していないそうです。

それならと、もうひとつの疑問をぶつけてみます。
このつくり方は構造的に合理的なんでしょうか?

「常識的に考えたらコンクリートを
 何度も打ち直すこのやり方は、
 コストが引き合いません。
 でも岡さんは自分でコンクリートを打つわけだから
 何回打ってもいいんです。
 十分、合理的なんですよ。
 時間と手間の使い方が違うだけで」

そして、名和さんは最終形を想定しない
岡さんのやり方に、
大きな魅力を感じているとも言います。

「岡さんは一回一回思い悩んで、
 合理性をつくり直しているんです。
 そこには大きな自由があります」

なるほど、「合理性をつくり直す」か。
名和さんは岡さんがやろうとしていることを、
見事に言い表してくれました。


▲自立壁に空けられた鍵穴のような開口部。

 
 
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