ひとりでビルを建てる男。
ひとりでビルを建てる男。
岡啓輔さんの、
蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)ができるまで。
最新の記事 2007/02/01
 
【18】フィンランドへ行ってきた。



工事現場に掲げられた看板
(クリックすると拡大します)

1月の半ば、岡さんは1週間、
蟻鱒鳶ルの工事を休んで、旅に出ました。
どこへ行っていたかというと、北欧はフィンランドです。
岡さんがフィンランドに行くのはこれが3回目。
特に観光地や名建築を回ることもなく、
ひたすら街の中をウロウロしていたそうです。
真冬のフィンランドはひどい寒さです。
人々の顔も心なしかうつむき加減のように思えました。
それでも岡さんにとってのフィンランドは、
たいへん魅力的に映りました。
街がきちんとつくられているからです。

「どの建物もしっかりとデザインされている。
 別に有名な建築家が設計したわけでもないのに、
 『適当にやっておけばいいや』みたいな、
 いじけた感じがなくて、
 楽しみながら頑張ってつくっているのが
 伝わってくるんですよね」

街には過去から現在まで、
あらゆる時代の建築が残っています。
歩いていると、こちらの様式が流行ったあと、
それに対抗するべくあちらの様式が生まれたんだなと、
建築史の知識がなくても、
その流れが自然に浮かび上がってきます。
こういう楽しみ方ができるのも、
建築が大事に扱われているからこそです。
そんなデザイン風土を、
岡さんはうらやましいな、と感じました。


■建築家アアルトの魅力

フィンランドの建築家といえば、
すぐに思い浮かぶのがアルヴァ・アアルトです。
その名前は、ル・コルビュジエや
ミース・ファン・デル・ローエと並んで
20世紀の巨匠として知られています。
その作品を、岡さんはそれまでのフィンランド旅行で
軒並み見て回りました。
しかし岡さんも、
最初はアアルトのことがピンと来なかった、と言います。
みんながなぜ誉めあげるのかわからないまま、
アアルトが設計した
「フィンランディア・コンサートホール」に出かけ、
外観をスケッチしていると、
白い壁が妙に光っているのが気になりました。
この輝きはなぜだろうと思い、よく見てみると、
壁に貼られている白い大理石の一枚一枚が
ほんのわずかながら反っていたのです。
写真ではまず気付かないような微妙なデザインを、
敢えてやってしまうこの建築家はスゴイ。
岡さんは、アアルトのことが
一挙に好きになっていきました。
「頭で考えるのではなく、手で考えている。
 そこに僕は共感する」と岡さん。
アアルトは「パイミオのサナトリウム」や
「セイナツァロ村役場」など、
数多くの公共建築を残しました。
それらはきわめてまっとうな建築です。
一方でアアルトは、アメーバのような
ぐにゃぐにゃとした格好の
ガラス器もデザインしています。
豊かな表現志向を併せもっていたところ、
そこにも岡さんは惹かれるそうです。


■建築は知恵が凝縮したものであってほしい

フィンランドから日本に帰ってきて、
成田空港から東京に向かう岡さんが車窓から見たのは、
建物がひしめき合って建つ都市の風景でした。
そこにあるのはごてごてと化粧はされているけれど、
実はうすっぺらい小屋のような建物です。
使われているのは新建材。
燃えないし、腐らないし、メンテナンスもしやすい。
施工も楽だし、価格も手ごろなので、
建物に求められる性能は、
これを使えば簡単に実現できるのです。
でも、性能は充たしているとはいえ、
それ以外のことは何も考えていないような建物は、
見ていて痛々しい。
岡さんはそう言います。
そんな建物ばかりに囲まれて生活したくない、とも。
岡さんが連想したのは、
米国に行ったときに泊まった、安いモーテルでした。
ものすごくいい加減なつくり方の建物でしたが、
アメリカの西海岸は気候がいいから、
それでもかまわないのです。
ひるがえって日本では、雨が降ります。
雨から建物を守るために、屋根に瓦を葺いたり、
窓に庇をかけたり、
様々な工夫をこらさなければなりません。
その結果として、日本の伝統建築は
美しい姿をもっています。
言い換えれば、つくるための知恵が
建築を美しくしていたのです。
しかし昨今の建築では、
新建材の性能が進む一方で、
建築をつくる知恵を失っているようです。
アメリカ西海岸にあるモーテルのような
建物ばかりになっているのです。
建築は知恵が凝集したものであってほしい。
フィンランドの旅から戻ってきて、
岡さんはあらためてそう思いました。


工事現場の地上部分
(クリックすると拡大します)


きれいに並んだ長靴
(クリックすると拡大します)

 
 
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