ひとりでビルを建てる男。
ひとりでビルを建てる男。
岡啓輔さんの、
蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)ができるまで。
最新の記事 2006/08/09
 
【2】セルフビルドとは何か。



毎日、土地を見ているの図
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ここで岡さんのことについて、
もう少し詳しく書いておこうと思います。
岡さんはフリーランスの建築家です。
とはいっても作品はあまりありません。
建設中の自邸ができたら、
それが自信をもって言える第1号の作品になるはずです。
が、まだできていないので建築家とも
いいづらいせいでしょう、
自分では「セルフビルダー」という肩書きを
名乗ったりしています。
セルフビルドとは自力建設という意味です。

経歴も少し変わっています。
ボクサーだったという安藤忠雄ほどではないですが。
たいていの建築家は、大学で建築を勉強したあと、
どこかの設計事務所に勤めて、
何年かしたら独立するというのが一般的なコースです。
岡さんの場合、高専(有明工業高等専門学校)で
建築を学んだあと
土木作業員、鳶職人、鉄筋工、型枠工、大工など
建築工事の世界をいろいろと経験して現在に至る、です。
「岡土建」を名乗って、
自分で施工の仕事を請けてしまったりもします。


現場の岡さん。
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■設計と施工のちがい

建築についてよく知らない人のために書いておくと、
建築づくりにかかわる人は、
大きく2つの種類に分かれています。
ひとつは設計をする人ですね。
建物をどんな格好にするか、
どんな材料にしようか、考えて決める人です。
もうひとつは、その設計に従って実際につくる人です。
建築の場合、施工という言葉も使います。
通常はこの二つが分かれています。
つまり、建築家と呼ばれているような人は
設計するのが専門で、施工の方は一切しません
(テレビの「劇的ビフォーアフター」なんかでは
 たまにノコギリもって切ったりしていますが、
 あれは演出ってやつです)。
どうしてかというと、両方をやるのは大変だし、
いっしょだと、どんな建物ができるのか
建築主もよくわからないまま
とっとと建ってしまったりして、
それではたまりませんから、
建築家が「こんなのをつくります」と設計したら、
「ハイそれでいいでしょう」と建築主が認めて、
それを建設会社に建てさせるという
プロセスを経るわけです。
そのほうが責任もはっきりしていいでしょうし。
この場合、建築家は設計すれば終わりではなくて、
施工中は設計通りにできているか
チェックする役もこなします。


着工式のようす。
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■セルフビルドだからできること

でも、設計と施工を分けるやり方にも欠点があります。
まず、どんなものをつくるかを、
建築家が施工者にきちんと伝えないといけません。
建築家の頭のなかにどんなに素晴らしい
建築のイメージがあっても、
それが施工者に伝わらなければ
これっぽっちも実現しないのです。
図面がその主な手段ですが、
建築の場合、細かい部分をどうつくるか、
仕上げのニュアンスをどうするか、
通常の図面だけではなかなか
伝わりにくいところもあります。
もうひとつの欠点は、
一度、設計をしたら途中で変更しにくいこと。
施工者に図面を渡してしまったら、
「あっ今、いいアイデアひらめいちゃった」
となっても、そう簡単には実現できません。
材料を発注しちゃってるかもしれないし、
工事のダンドリもしちゃってるだろうし、
もはやどうしようもなかったりするわけですね。
実際には「そこをなんとか」と
お願いして変更したりすることも間々あるようですが。
岡さんの場合、設計と施工の両方を
兼ねてしまっているわけです。
この場合、「つくりたいもの」と
「つくるもの」が同じ人間の中で直結しているから、
そういう面では良い。
クダクダしく説明しなくて済みますからね。
もちろん両方やっているひとはほかにもたくさんいます。
町場の大工棟梁なんかそうですね。
これは建て主はうるさいことを言わず、
「棟梁にお任せ、それでよし」
といういさぎよい態度だからできたことで、
昔は結構それでよかったんですね。

それから大手建設会社には設計をする専門の人がいて、
設計から施工まで一貫して同じ会社でやってしまいます
(もちろん施工だけ引き受けることもあります)。
ただし、岡さんの場合は、
専門家が分業でやっている仕事を
すべて自分(と仲間の手伝いで)やってしまおう
ということなので、いうなれば
「ひとりカジマケンセツ」。
これはケタちがいにしんどい。
なんでそんなこと、やろうと思ったんですか?


着工式の看板です。
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■つくりながら考えるために

「土地を買ってすぐ、どんな家にするか
 何も考えていないときから、
 自分でつくるもんだと漠然と思ってましたね。
 せっかく建築工事の仕事を
 今までいろいろやってきたんだから、
 自分の家でやれるところはやろうと。
 そのほうが安上がりという貧乏くさい理由ですよ」
でもセルフビルドでやることで、
従来の建築とは違う何かができると
思ったんじゃないんですか?
「いや、あまり‥‥。
 僕の師匠の倉田さんも高山建築学校で
 『バカだなあ、金があったらこんなの
  自分でやるわけねえだろ、
  ねえからやってんだよ、がんばれ』
 と言っていました。だからセルフビルドには
 あまりいいイメージはなくて、
 むしろ『ダセえ』と思ってた」
とは言っても、セルフビルドというつくり方と、
少しずつその場のノリで形をつくるという
建築の狙いは見事に合致しているわけで、
これはやはりセルフビルダーとしての経験を生かした、
岡さんならではの建築であることは間違いありません。
つまり、自邸でありセルフビルドだからという条件を
最大限に生かして、ここではつくりながら考える、
もしくは考えながらつくるということを、
文字通り実践しようとしているのです。
ですよね、岡さん。テレないでよー。

というわけで今回はおひらき。
「僕の師匠の倉田さん」と「高山建築学校」の話も
そのうちしますので、しばしお待ちください。
 
 
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