小説を書くということ。 佐藤正午+糸井重里 対談

昨年(2017年)末、私たちほぼ日スタッフが
驚くことがありました。それは、
「糸井重里が小説の解説を書いた」という
出来事でした。
ほぼ日以外で糸井が長い原稿を書くことは
かなりめずらしいので、
「これはすごいことだ」と思いました。
しかもそれは、
エッセイでもボディコピーでもなく解説です。
解説した小説のタイトルは『鳩の撃退法』。
理由はおそらく──、糸井は、
この作品を書いた佐藤正午さんに、
ほんとうに会いたかったから、
なのではないでしょうか。
対談は、佐藤さんの住む佐世保で行われました。

※この対談は『鳩の撃退法』の物語の筋には
ふれないようまとめました。
(そもそもふたりとも『鳩の撃退法』のストーリーについては
話しませんでした)
これから作品を読む予定のみなさまも、ぜひごらんください。

佐藤正午さんのプロフィール

佐藤正午(さとうしょうご)

1955年長崎県佐世保市生まれ、佐世保市在住。作家。
1983年『永遠の1/2』ですばる文学賞受賞、
2015年『鳩の撃退法』で山田風太郎賞受賞、
2017年『月の満ち欠け』で直木賞受賞。

第2回 書くことだけ。
2018-01-16-TUE

糸井
小説を書くとき、
途中にリハーサル的な段階はあるんですか?
つまり「あとで直すつもりの文章」とか‥‥。
佐藤
はい、あります。
最近思ったんですけど、
ぼくは書くことより書き直すほうが
だんぜん得意なんです。
糸井
やっぱり(笑)。
佐藤
というか、好きなんです。
糸井
それも、作品を読んでいて感じます。
佐藤
あ、そうなんですか。
糸井
「手を入れればもっとよくなる」という気持ちで
仕上げた文章だということがわかるんです。
イヤイヤ書いてるんじゃない。
佐藤
書き直しを楽しんでいるという部分は、
たしかにあります。
糸井
小説を書き出すときの、
速度感やワクワクする気持ちはあると思うんです。
しかし、それよりももっと
自分に対するダメ出しと、
「これ以上のことをやってみせるぞ」
という力の出し方のほうが得意なんですよね。
それがたぶん文章が上手い人たちの特徴だと
ぼくは思います。
佐藤
そんなことを指摘されたの、はじめてですよ。
糸井
そうですか。
佐藤
はい。
ぼくは、まず30枚書きあげたとしても、
それは実際には「リハーサルみたいな感じ」です。
リハーサルを書きあげたあとの
1週間ぐらいがとても楽しい。
「これに手を入れる」という段階の
初日から楽しくなってきます。
糸井
やっぱりそうなんですね(笑)。
その感じがどうして、
読んでいるぼくに伝わるんでしょうか。
佐藤
なんでですかねぇ。
糸井さんも同じタイプですか? 
糸井
いいえ、ぼくはどちらかといえば、
人とやりとりをする中で、
「あ、何か見つけたかもしれないな」という
初っ端のところがいちばん好きです。
だから、きっと逆のタイプかな。
あまりにもちがうから、
佐藤さんに憧れるのかも。
佐藤
憧れられるようなことはしてないと思うんですけど。
糸井
リハーサルを書くときはリハーサルで、
もちろん‥‥
佐藤
それはもちろん真剣にやってます。
糸井
うん、そうですよね。
そして、さきほどおっしゃった、
最初に考えたプロットが
現実になっていく段階を味わって書いた
リハーサルの文章に手を入れる。
自分の手でいつでも「おかえり」といって、
「まだまだ隙がある、これはもっとよくなる」
といってまた手を入れる。
佐藤
そのとおりですね。
糸井
エッセイは書き方が違うんじゃないですか? 
佐藤
エッセイというと? 
糸井
身のまわりのことを書いてるふりをしている
文章のことです。
佐藤
たぶん、やってることは同じです。
糸井
同じなんですか。
佐藤
はい。
ぼくは、エッセイといっても作りごとが多いですから。
糸井
ああ、そうかそうか。
佐藤
やる順番は同じです。
糸井
熱心さはどうですか? 
佐藤
それも変わらないと思います。
糸井
だとしたら‥‥。
佐藤
はい。
糸井
あれだけたくさん書いてらっしゃるということは、
それ以外のことを、そうとうしてないですね。
佐藤
(笑)わかります? バレました。
これしかできないんです。
糸井
そうでしょうねぇ‥‥。
佐藤
ほんとうにそうです。
糸井
たとえば、お酒飲んでてもごはん食べてても、
それは「小説のあいだに休んでる」という
感覚でしょうね。
佐藤
はい。
書く時間以外は、ただのおじさんです。
ほんとうにだらけてます。
糸井
一日の分量としても、
書く時間は長いんですか。
佐藤
いや、えーーーーっと‥‥(笑)。
糸井
それはつまり、
時間の問題じゃないんですね?
佐藤
時間じゃないんです。
糸井
人から見たら、もしかして、
おじさん時間のほうが長いのでしょうか。
佐藤
長いですね。
しかし、ただテレビを観ているようであっても、
じつは観ていない。
じっとドラマを観ているのに、
頭は「書き直し」のほうに行っている。
そういうことはよくあります。
糸井
それは人にはわかんないでしょうね。
佐藤
はい。
映画を観てるときもそうで、
別のことを考えているってこと、ないですか? 
糸井
それはぼくも、やまほどあります。
何か書きものをしているあいだに
別のものをボーッと見てしまうことはあります。
でも、そのおかげで
思考が成立していったりするんですよね。

(つづきます)

2018-01-16-TUE

『鳩の撃退法』が
文庫化されました。

2014年に上下巻の単行本として出版され、
多くの人を物語のおもしろさに引きずり込んだ
佐藤正午さんの長編小説『鳩の撃退法』が
このたび文庫になりました。
文庫も上下巻に分かれています。
(Amazon→上巻下巻
糸井重里の解説文は下巻に収録されています。