毎日読む小説「西遊記」
(邱永漢・著)
第八巻 ああ世も末の巻
第四章 中立主義とは

一 産業スパイではない


造兵廠の職工たちが残業につぐ残業をして
ぐっすりねこんでしまったその翌朝の出来事である。

大事な大事な三種の神器が、
何者かに盗まれて姿を消してしまったので、
造兵廠長はおそるおそる三人の王子たちにその旨申し出た。

王子たちも内心びっくりしたが、
「あんな重たいものを盗んで行く筈がない。
 大方、
 老師たちが昨夜のうちにどこかへ蔵い込んたのだろう」

急いで暴紗亭に出て見ると、
廊下には白馬が繋いだままになっている。
「先生。先生。まだお休みでございますか?」

扉を叩くと、
「今、起きたよ」
と言いながら、沙悟浄が戸をあけた。
見ると、部星の中にはどこにも兵器が見当らない。
「兵器をどこかへお蔵いになりましたか?」

それをきくと、悟空があわててとび起きた。
「どこにも蔵いやしないぞ」
「でも昨夜のうちに見えなくなってしまったらしいのです」
「俺の熊手もかい?」

高いびきをかいていた八戒も這いおきた。
「ハイ、今朝起きて三つとも見当らないので、
 あちこち探しまわったのですが、
 ひょっとしたら先生方が
 お蔵いになったのかと思ったのです。
 本当にお蔵いになっていらっしゃらないのですか?」
「本当も嘘もありゃしない。
 なくなったとしたら大事だぞ」

悟空を先頭に、三人は大急ぎで造兵廠に行ったが、
廠内くまなく探しまわっても、
それらしきものは見当らない。
「こりゃてっきり産業スパイの仕業だ」
と八戒に大声を立てた。
「産業スパイなんて呑気な話じゃないぞ。
 平和産業なら産業スパイだが、
 軍需産業なら本物のスパイじゃないか」

悟空がやりかえすと、
「そうだ。そうだ。
 西方極楽へ来たものだから、ついうっかりしていたが、
 ここにもスパイはいるぞ。
 やい、スパイを出さないと、
 職工を一人残らず叩き殺すぞ」

職人たちはすっかりふるえあがって、
「後生でございます。
 私どもは妻子を養うために
 安い月給に甘んじているタダのサラリーマンなんです。
 どうして私どもが
 そんな大それた考えを起すことがございましょう。
 仮に起したと致しましても、
 どうしてあんな重たいものを
 動かすことが出来ましょう?」

悟空にだまってきいていたが、
「我々にも迂闊なところがないとは言えないよ。
 大体、見取図をとらせてやったのだから、
 本来ならば蔵ってしまうべきなのに、
 現場にほったらかしにしておいたのが悪い。
 何せ夜光を放つ宝物だから、よからぬ輩に狙われて、
 こちらの寝ている中に
 盗まれてしまったのかも知れないよ」
「兄貴はそんなことを言うけれど、
 ここは山の中とは違うんだから、
 山賊強盗の出没するわけがないよ。
 どう見たって犯人は廠内にいるとしか考えられんな」

緊張したただならぬ空気の所へ老王子が出てきた。
話をきくと、老王子も真青になり、
「老師がお持ちになられた武器は
 この辺で見かけるような代物とは違って、
 百人の男が束になってかかっても
 微動だにしないものでございます。
 それに私どもは
 この土地を治めるようになってから既に五代もたち、
 私自身が自分で申すのはおかしいのですが、
 評判の悪くない領主でございます。
 集団的な不法行為をやれば
 先ず法の制裁は免れないところだし、
 人民が私を裏切るということも先ず先ず考えられません。
 どうかそのへんのところを
 酌量していただきたいと存じます」

悟空は笑いながら、
「いやいや。
 ご心配になることはございませんよ。
 職工たちを疑っているわけではないのです。
 ただちょっとおききしたいのは、
 このあたりの深山渓谷に
 妖怪が住んでいるという噂はございませんか?」
「なるほど、それはいいところにお気づきになりましたな。
 ここから北の方角へ行くと、
 豹頭山というところがあって、
 山の中に虎口洞というのがあるそうです。
 人々の話では、そこに神仙とも妖怪ともつかぬ
 得体の知れない怪物が住んでいるということです。
 もっとも私がこの目で見たわけではありませんから
 確定的なことは申し上げられませんが……」
「ハッハハハハ。
 それだけきけばもう謎がとけたも同じだ。
 犯人は妖怪に違いない。
 妖怪でなければ、私のあの鉄棒を
 簡単に運び去ることが出来るわけがないからな」

悟空は八戒と沙悟浄に三蔵のおもりを頼むと、
自分は忽ち豹頭山のいただきにとんで行っていた。

玉華県の県城から豹頭山まで、
僅か三十里しか離れていなかった。

山を眺めると、果たして妖気が漂っている。
なおも仔細に注意していると、
山の背で人の話し声がきこえてきた。
急いでその方向をふり向くと、
妖怪らしい二人連れが西北の方向に向って走っている。
「あれは化け物の手下に違いない。
 何を喋っているのかきいて見よう」

悟空は揺身一変、一羽の蝶に化けると、
ひらひらと翅を動かしながら、妖怪のあとを追って行った。
「兄貴。
 俺たちのお頭もこの頃はやたらにつきはじめたようだな。
 先月は美人を一人手に入れたし、昨夜はまた昨夜で、
 新兵器を三つも一挙に手に入れたんだからな。
 これで明日、釘パーティが開かれたら、
 俺たちもご馳走にありつけるというものだ」
「ご馳走よりも先ずこの二十両だよ。
 豚や羊の買出しに行けと言われたが、
 先ず上前をはねて酒の一杯も飲もうじゃないか。
 それから一割くらいリベイトをもらって、
 それでセーターの一枚も買わしてもらおうじゃないか」

大声で喋っているのをきいた悟空は、内心しめたと思った。
すぐにも相手を叩き殺そうと手を耳元へ持ってきたが、
如意棒がないことに気がついた。
「それならこうしてくれる!」

素早く二人の前に立ちはだかって、
定身法の呪文を唱えると、
二人は化石にでもなったように動かなくなってしまった。
近づいて衣服の中をさがして見ると、
果たして銀が二十両、腹巻の中に巻きつけてある。
更に腰紐の間には漆塗りの木札がついていて、
一人には「刀鑚古怪」、
もう一人には「古怪刀鑚」と書いてあった。

悟空はお金と木札をちょうだいに及ぷと、
そのまま玉華県へとんで帰ってきた。
「ハッハハハハ。
 大方、俺の熊手がピカピカ光を放つので、
 嬉しくなってパーティでも開く気になったのだろう」

話をきくと、八戒は笑いながら、
「これで所在はわかったが、
 さて、どうやって取り戻したものだろうか?」
「三人で一緒に出かけようじゃないか。
 この二十両はもともと豚や羊を買うためのお金だ。
 これを職人たちに分けてやって、
 代わりに豚や羊を供出してもらおう。
 そして、八戒は刀鑚古怪に、俺は古怪刀鑚に、
 それから沙悟浄は家畜商人に化けて、
 虎口洞へ堂々と乗り込んで行こうじゃないか?」
「そりゃいい考えだ。
 すぐに出かけようじゃありませんか?」
と沙悟浄も二つ返事で応じた。

老王子が豚を八頭、羊を七頭用意してくれたので、
三人は豚と羊を追って郊外へ出た。
「ところで、兄貴」
と八戒が言った。
「一度も見たことのない男に化けろと言ったって、
 どだい無理な話じゃないかい?」
「まあ、そうあわてるな。
 俺が今、手をとって教えるから、
 その通りにすればいいんだ」

悟空が詳細に説明すると、
八戒どうやら刀鑚古怪の姿らしいものに化けた。
悟空白身も古怪刀鑚に化けると、
それぞれ木札を腰の間にぶらさげ、
家畜商人に化けた沙悟浄を連れて山の中へと急いだ。

しばらく行くと、向こうからやって来る
見るからに人相の悪い小妖怪に出会った。
「おい。古怪刀鑚じゃないか?
 豚と羊はうまく手に入ったかい?」
「目の前にいるのが見えないのかい?」
と悟空は言いかえした。
「見なれないのがいるが、こいつは誰だい?」
と小妖怪は沙悟浄をいぷかしそうに眺めながらきいた。
「この人は家畜商人だよ。
 持って行った金で足りなかったものだから、
 一緒に集金に来てもらったんだ。
 そういうお前は箱なんぞ小脇にかかえて
 どこへ行くところだい?」
「竹節山の老大王のところへ
 明朝の招待状を届けに行くところだよ」
「招待状はずいぶんたくさん出したのかな?
 全部で何人くらいになりそうだい?」
「明日の主賓は老大王だが、
 全部集まれば四十人にはなるだろう」
「おいおい。
 立ち話をしないで早く行こうぜ。
 でないと、豚と羊が散らばってしまうよ」

八戒が催促をすると、悟空は知らん顔をして、
「招待状ってのはどんな書き方をしているんだろう?
 ちょっと見せてくれんか?」

小妖怪は身内の者だと思っているから、
箱をあけると、中の手紙をとり出して見せた。
悟空が開いて見ると、
「明朝、釘記念パーティを開催致したいと存じますから、
 ご来駕いただければ幸甚の至りでございます。
  九霊元聖老人尊前
                 門下孫黄獅頓首百拝」

と書いてある。
「いや、どうも有難う。
 招待状というのは案外簡単なものなんだね」

悟空が手紙をかえすと、
小妖怪は元通り文箱の中にしまいこんで、
東南の方向へ向って歩き去った。

2001-04-23-MON

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