おいしい店とのつきあい方。

031  シアワセな食べ方。 その22
市販のめんつゆの、最高の使い方。

母の家にひさしぶりに帰ったときのコトです。
「シンイチロウにお願いしたいことがあるのよ」と言う。
台所に置かれた作業台の上にまな板と包丁、
なまり節が置かれていました。

なまり節。
感じで「生利節」とも書く、
完全に乾かされていないかつお節のような食材で、
それを細かく切ってほしいというのです。

カチンカチンじゃないから
カンナで削るようなことができない。
乾いていない分、醤油につけると
短時間で強い旨味が醤油に溶け出し、
いい調味料になってくれる。
しかも醤油にしばらく浸したなまり節は、
食べるとホロリと崩れて
しっとりとしたおかかの醤油まぶしのようにふるまう。
最高のご飯のお供になってもくれる。

昔は母が器用に包丁をつかって、
大きななまり節のかたまりを削るように切り分けていた。
最近は手に力が入らなくてね‥‥、
だからあなたにたのもうと思って
手ぐすねひいてまっていたのよ‥‥と。

こんなことならお茶の子さいさいと、
なまり節を切るボクの横で
母がハサミで昆布を切る。
それを水に浸したり醤油に浸したりと
たちまち何本ものガラスの瓶がテーブルの上にならんでく。

思い出話をちょっとしました。
今でもこうして昔みたいに
自家製の調味料を作ってるんだね‥‥、って。
なつかしいなぁ。
おかぁさんも仕事してたから忙しかったに違いなく、
なのによくもあんなに丁寧に
料理を作っていたもんだよね‥‥、と聞いてもみました。


母は言います。

「当時はみんなそうしていたものよ。
今みたいに便利な調味料がそんなになかった。
あったとしても高かったから、
結局、自分で作るほうがよかったのネ。
面倒で手間がかかって不便だけれど、
自分の好きな味を
自由自在に作ることができるという意味では
本当は便利」

たしかに本当。
ボクらはそうめんを食べながら、
「味の正体」をひとつひとつ勉強できた。
昆布は甘い。
しかも砂糖の甘みと違って
あとに残らぬさっぱりとした甘み。
でも過ぎると苦い。
かつお節の旨味は強い。
けれどその旨味の縁には酸味のフリルがついている。
しいたけの旨味は深くてどっしりしてて、
きのこ独特の香りがあとからひろがってくる。
それらをどう組み合わせればどんな味になるのか、
子供ながらにもなんとなくわかるようになっていった。
大きくなって料理を自分で作るようになったときに、
子供のときのこの経験が大いに約だって‥‥、って、
そんなことを母に言うと、母はとても喜んだ。

「ただ私もネ、お父さんを亡くして
ひとり暮らしをはじめたときには、
めんつゆにたよって料理を作ったりした。
便利だものネ。
旨味も甘みも辛味も過不足なく整っていて、
使いはじめると煮物もつゆも、料理の下味、
ときに炒めものを作るときにも重宝するから。
でも食べ続けるとあきてくるのよ。
どの料理も同じ味。
調味料が同じなんだから
そうなっても当然といえば当然よね。
だから最近では出汁だけ一回、一回とることにした。
今日は酸味とスッキリとした風味がほしいなぁ‥‥、
と思うときにはかつお節で出汁。
田舎っぽくって力強い味がほしいときはイリコ出汁。
甘みが欲しいときには雑節に昆布で出汁。
それでめんつゆを割って好みの味にととのえ調味する。
便利なものを使わないのはもったいないけど、
便利なものにたよりすぎちゃいけないな‥‥、
って思うのよ」


考えてみれば、本来の蕎麦のつけだれやつゆは
「かえし」と「出汁」の組み合わせで出来上がるもの。
組み合わせをかえることでいろんな料理ができあがる。
蕎麦屋のかつ丼や親子丼の味の決め手は
かえしがおいしいかどうか。
ぶつ切りの鶏肉を、串を打たずにかえして焼き付けると蕎麦屋の肴の定番、蕎麦屋の焼き鳥ができあがる。
それもひとえに、かえしと出汁が別々にあり、料理にあわせてその割合を変えて使えるからことのコト。
めんつゆは出汁とかえしがひとつになった調味料。
そのめんつゆをそのまま使っていては微妙な味を作り出すことはできなくなっちゃう。

めんつゆを「出汁調味料」として使うときには、
かえしを作って混ぜてみる。
めんつゆを「かえし調味料」として使うときには
手作りの出汁をつくって混ぜて味をととのえる。
ほんのひと手間が料理を
「私の料理」に変えてくれると思うのです。

2018-06-07-THU