おいしい店とのつきあい方。

010シアワセな食べ方。その1
「あなたの目の前の人をシアワセになさい!」

ボクが高校に入って最初の夏。
つまりもう40年以上も前のとある夜。
父は会食。
妹は夏の合宿で不在。
お手伝いさんたちは早めの夏の休暇でおやすみ。
めずらしく母とふたりきりの夕食を
とっていたときのコトです。

母がこう言う。

「最近のシンイチロウは、
深刻な顔をしていることが多くなったわネ。
今もつまらなそうな顔して食事をしてる‥‥」

って。

「昔はいつも『おいしい、おいしい』って
うれしそうに食べてくれたのに。
今はブスッとして、ただ食べるだけ。
料理をおいしく作ってあげようっていう気持ちが
くじけるのよねぇ‥‥」

と哀しそうに言うのです。


オトコの子が大人のオトコに変わろうとする一時期、
感情をあらわにすることを恥ずかしいと思うことがある。
思春期の苦い副作用‥‥、とでもいいますか。
ニヒル、無関心、無表情を装うことが
大人のオトコの作法のように思い込んで、
そうふるまうってかっこいいと思っていた。
それを母に「不機嫌そうにしている」と言われたのです。

ドキッとしました。
見られたくないモノを見透かされたようで、
言い訳がましく口ごたえ。

「ボクも大人になるんだから、
自分のシアワセや、小さなシアワセのことじゃなく、
この世の中のシアワセのコトを
考えなくちゃいけなくなる。
人のために生きることってどういうコトかを考えてたら、
ヘラヘラなんてしていられないんだ」

まぁ、口だけは立つ、ませた子でしたから
思ってもいないようなコトがスラスラ、口から出てきます。
でも、あまりに通り一遍で説得力に欠けて思えて、
思わず言わなくていいことを言う。

「それにお父さんの事業も
思うようにいっていないみたいじゃない‥‥、
そんなときにゴキゲンになんかなれないよ」

‥‥、って。

母が応えてこうい言いました。

「あなたは誰にも似ていない、
独特の考え方と表現の仕方をもっていて
そこがワタシは好きだけど、
悪いところはお父さんとそっくりネ」

‥‥、って。

「あなたのお父さんは言い訳上手。
気の利いた言い訳で相手を説得しようとする
厚かましさがあり、しかもその言い訳に陶酔する。
たいてい言い訳は世間と他人が理由になってる。
そういう嫌なお父さんと同じモノが
あなたの中にあるなんて、
ワタシ、本当にがっかりだわ」

母は子供の前で父の悪口を言わぬ人でした。
後にも先にも、ボクに
「だから父が嫌い」というようなことを言ったのは
この時が最初で最後。

夫婦喧嘩はよくしていました。
父も母も自分の思うことを
隠しておくことができない性格。
妥協せずとことん話し合い、
ときに怒鳴り合ったりするのを子供ながらに
情熱的だなぁ‥‥、って思ったものだけど、
父のいないところで父の悪口、
つまり陰口を母はしない。
のちに「なぜ?」と聞いたら、
ワタシがお父さんの悪口をあなたたちに言い続けたら、
あなたたちはお父さんを尊敬できなくなるでしょう?
家族が仲良く暮らすためには、
互いに尊敬する気持ちが必要。
だからワタシはお父さんの悪口を
あなたたちの前では言わないし、
あなたたちの悪口をお父さんの前では言わない。
ここはダメだと思ったら、
直接指摘をすることにしているの‥‥、と。

この10年ほど。
コンサルタントとしてのボクが受けた相談の中で
一番多かったのが
「息子が会社を継いでくれないんです」というものでした。
業績はいい。
息子さんの能力もある。
けれど「継ぐ」とは言ってくれない。
継ぎたくないというご子息にあって話をすると、
「親父のようにはなりたくない」とか
「飲食店の社長なんて」というようなことを言う。

そんなときには彼のお母さん。
つまり継がせたいと思っている
社長の奥さんに内緒でそっと
「もしかしたら、ご主人の愚痴を
息子さんに聞かせて育てはしませんでしたか?」って。
もしそのことが跡を継ぎたくない理由のひとつであれば、
よい跡継ぎづくりはむつかしくなる。
母から父の悪口、愚痴を聞かずに育ったボクは
とても自然に父の跡を継ぎました。
だって尊敬してましたから。

で‥‥、そんな母から父の悪口とワンセットで、
「ワタシはあなたのそういうところが嫌い」
と言われたボクはもう、
どうしようかとオロオロしました。

母はそんなボクに
「ワタシをしばらく見てなさい」と料理を食べる。
それも無表情につまらなそうに、
目をうつ伏せ気味にしてただもくもくと‥‥。
その様子をみていると、不安になる。
それまでおいしそうに見えていた料理が
途端においしくなさそうにみえてきて、
涙がでちゃいそうなほど。
たまらずボクは、ごめんなさい‥‥、って謝った。

目の前にいる人を、
まず、シアワセになさいという母の教え。

来週も続きます。

2018-01-11-THU