おいしい店とのつきあい方。
七冊目

その7
料理を作るのは厨房。工場じゃない。

外食産業が本格的に日本ではじまってまだ40年ほど。
やっと「産業として最初」の事業継承が
問題になりはじめた、
それほど産業としての飲食店の歴史は短いのです。
けれど、飲食店の歴史は長く、
100年続くお店は日本各地にたくさん存在しています。

100年続くということは少なくとも3代。
つまり3回、ご主人が変わったということです。
代替わりのたびに、
跡を継いだ人は先代と比較される。
おなじみのお客様から
「味が変わったんじゃないのかい‥‥?」と必ず言われる。
変わっていないことの証明は難しく、
そもそも料理の味に責任を取る人が
変わっているのは明々白々。
人が変われば味も変わる、
と思うのが人の素直な気持ちですから。

中には先代の味は古臭いと感じていて、
代が変われば味を変えてくれるに違いないと、
味の変化を期待する人も出てくるわけで、
事情はますます複雑になります。

代が変わったから味が変わった、
というような店は、不思議と100年続きません。
続くお店は、
「料理は作る人や食材の状態で変わって当然なんだ」
と言い訳をしなかったお店だけ。
レシピを作りその手順の通りに製造すれば
確実にいつも同じ味になる、
出汁・タレ・ソース、調味料。
ほかのお店にない独特な味でそれらを作る。
しかもいつも同じ味で作ることに成功すれば、
「いつも同じのおいしい料理」を
提供することが可能になる。
だからみんな一生懸命、
自店、あるいは自社ならではの調味料理を
必死につくりつづけているのです。

例えば先週、例に出したとんかつ屋さんも、
ドレッシングは自家製です。
そのドレッシングのおいしいこと。
それをそのまま舐めても、
味わい確かで後口すっきり。
とんかつソースは代々、
一子相伝で受け継がれた独特の味で、
この店のかつの旨味を引き立てる。
「代々、同じ生産者さんの豚を引き継いでおります」
‥‥ではまるでおいしそうに聞こえないけど、
「代々、使い続けたソースを大切にしております」
と言うと俄然、おいしく感じますよね。
そうその店のご主人が言っていたけど、
なるほどそうに違いない。

以前、ボクの両親が経営していた飲食店で
使っていた一子相伝のタレ。
それも両親が創業者の先代から引き継いだ作り方を、
母がレシピに仕上げて大切に保存していた。
そのタレを作ったボクのおばぁさんは、
そのタレのコトを「十代普遍のタレ」と呼んでいて、
これさえあれば10回代替わりしても、
お客様においしいと思っていただける
普遍的なタレなんだ‥‥、と自信をもってた。
そんな大切なものを文字にするのはけしからん、
口伝えで引き継がれるべきで、
そもそも文字に出来ない部分が大切なんだから‥‥、
と、レシピに書き起こした母と
一時期、かなり険悪な関係になってしまったコトがある。

たしかに母が作ったレシピの中には
抽象的で曖昧な表現がまま見られます。
原材料の分量に関しては、
余計な解釈を必要としない、
それぞれ何キロ、何リットルと数字がならぶ。
ところがそれら原料を加熱する‥‥、
というところにくると途端に曖昧。
「約10分」
「大きく沸騰したら火を中火にして、
沸騰する泡が小さくなる状態を20分保つ」
というような具合に曖昧に。

母はタレを創始した義理の母、
つまりボクのおばぁさんにこう説明します。
「もちろん大切なところは文字にできない。
作ったことがある人でなくちゃわからないし、
教えてもらわないと真意が伝わらないのだから、
書き残しておいても、いいでしょう?」と。
それで祖母は怒りの矛先をおさめたけれど、
それでも死ぬまで秘伝のタレの神秘性が損なわれた‥‥、
とことあるたびに文句を言っていました。

すべてを文字にしようとすればできないことはない。
例えば、原材料の例えば醤油の温度を測定し、
炊きはじめの状態を統一する。
鍋の温度も、室温も一定の状態に保つことができれば
「加熱時間約10分」の「約」をとり
「正確に10分」と決めることができるのだけど、
もうそうなると仕込みではなく、
製造という仕事になっちゃう。
その製造をする場所は厨房とか
仕込み場という場所じゃなくて
「工場」になってしまう。

「そうなると、一子相伝もへったくれもなっちゃうから、
うちみたいなお店のレシピには
曖昧な部分がある方が居心地がいいのよ。
そう言えば、うちの人が料理のおいしさよりも、
事業拡大に感心をもちはじめた頃に
タレを工場生産に切り替えたコトがあるの。
よく出来たタレで、でもさすがに『十代普遍』には
ふた味ほど足りない『ほぼ十代普遍』のタレ。
あれが会社の経営を傾けた理由のひとつだと
今でも思っているんだけど、
あなたはそうは思わなくって?」

‥‥、と、そう先日、
母から、昔話をしていたときに出た話題。

10代に渡って繁栄を約束してくれるはずの秘伝のタレを
2代目に台無しにしてしまった父の、その息子のボクは、
3代目になり損ねてしまったワケです。

なぜそんな哀しいコトになったのか。
来週、お話いたしましょう。

2017-12-07-THU

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