おいしい店とのつきあい方。

105 お店の情報とのつきあい方。その31
なぜレストランはランチを提供するのか?

前回からの続きです。
以前友人と経営していたモダンチャイニーズレストランで、
雑誌で紹介されたことから
とんでもない人気になってしまったメニュー。
ランチでの提供はやめてしまいました。

1ヶ月ほどはがんばりました。
最初は、そのうち醒めてくれるだろうと思ったのです。
時間がかかる。
決して安い料理でもない。
待つにしてもお店の外に並ばなくちゃいけないワケで、
だからそのうち、その行列を嫌がって
お客様の数が減るに違いない‥‥、とも。
ところが行列は一向になくなりません。
なくならないどころか、どんどん行列が長くなっていく。
行列は行列を呼ぶのです。
しかも、「行列してでも食べる価値がある料理だ」なんて、
別の雑誌に紹介されたりしたことが
また行列に拍車をかける。

住宅地と商業地の境目という場所でした。
長くなった行列の先には、静かなお屋敷街の入り口。
気を使います。
ランチの営業時間の最後の最後までお客様で満席で、
だからランチの後片付けを終える時間は4時ちょっと前。
休憩をとることもできず、
すぐに夜の仕込みをはじめなくてはならない状態が
ずっと続きました。

飲食店において、ランチとディナー。
どちらを大切にすべきか‥‥、
というコトを真剣にそのとき思った。

少なくともボクが作りたかった飲食店は、
お客様がお酒と会話をたのしみながら
たっぷり時間をかけて料理をたのしむ場所。
そういう使い勝手は当然、昼よりも夜が中心。
夜のメニューは、お酒のお供にすぐ提供できるものから、
ジックリ時間をかけて調理して、
食事のクライマックスに供されるべきものまで
多彩で多様な料理をとりそろえている。
その多様なメニューの中から、
お客様ひとりひとりの気持ちにあった料理を
さがしてさしあげるコトがボクの役目であって、
だから夜に来ていただきたい。

ならばなぜランチタイムを営業するのか。
ひとつは、夜にいつも来ていただいているお客様に、
より気軽に料理をたのしんでいただきたいから。
もうひとつは、はじめてのお客様に、
お店を気軽にご覧いただき、
うちの料理の味の傾向を試していただいて、
夜に来ようと思っていただく呼び水として。

なのに、ランチタイムに紹介された料理を
食べにくる人が殺到することで、
おなじみさんが寄り付かなくなっちゃった。
ひとつ目の目的を果たさなくなってしまったのですネ。
ならばその料理を食べに来た人たちが
夜にもやってきてくれたのかというと、
それが甚だ不調で、
ほとんどの人が目当ての料理を食べると
満足してしまうのです。
だから2つめの役目も果たさなくってしまった。
その理由のほぼすべてが、
紹介された料理をランチタイムに提供していたコトで、
だからやめた。
正確にいうと、その商品は夜限定の料理にした‥‥、
という次第。

お客様は減りました。
昼にその料理を売るのをやめたということを知らないで
きたお客様に、夜におこしいただければ‥‥、
とメニューを差し出しお伝えすると、
「単品でこの値段は高いですよね」と言われたりする。
なるほど。
ランチという名の安売りをボクはずっとしていたんだ‥‥、
とあらためそのとき反省しました。
行列はすっかりなくなり、
なくなった行列のかわりにおなじみさんがもどってきます。
あぁ、ボクらの店は
こういうお客様に支えられていたんだ‥‥、とホっとする。

時間のかかる「あの」料理ばかりが注文される店に来て、
「一番、早く提供できる料理を食べるよ」
と言ってくれたおなじみさんがやってきて、
「ほぉ、今日は満席じゃないんだな」
と、ぽつりぽつりと空き席がある店を見ていう。
メニューもみずに、そしてひとこと。

「今日は一番、時間のかかる料理を貰おうじゃないか」

その注文に続けて
「せっかくだから紹興酒とクラゲをもらって、
ユックリ待とう」と。

このお客様は「料理」が目当てじゃない人なんだ。
「店」が目当てでやってくる。
ありがたいなぁ‥‥、と思うと同時に、
そういうお客様が多かったから
人気の店といわれるようになったんだなぁ‥‥、
とあらため感謝したのです。
だから今でも、ランチタイムのレビューばかりを書く人の、
その内容はあくまで「料理」のコトを書いてるだけで、
「お店」のコトを書いてるわけじゃないんだと、
ボクは思うようにしています。

また来週といたしましょう。

サカキシンイチロウさん
書き下ろしの書籍が刊行されました

『博多うどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか
半径1時間30分のビジネスモデル』

発行年月:2015.12
出版社:ぴあ
サイズ:19cm/205p
ISBN:978-4-8356-2869-1
著者:サカキシンイチロウ
価格:1,296円(税込)
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「世界中のうまいものが東京には集まっているのに、
 どうして博多うどんのお店が東京にはないんだろう?
 いや、あることにはあるけど、少し違うのだ、
 私は博多で食べた、あのままの味が食べたいのだ。」

福岡一のソウルフードでありながら、
なぜか全国的には無名であり、
東京進出もしない博多うどん。
その魅力に取りつかれたサカキシンイチロウさんが、
理由を探るべく福岡に飛び、
「牧のうどん」「ウエスト」「かろのうろん」
「うどん平」「因幡うどん」などを食べ歩き、
なおかつ「牧のうどん」の工場に密着。
博多うどんの素晴らしさ、
東京出店をせずに福岡にとどまる理由、
そして、これまでの1000店以上の新規開店を
手がけてきた知識を総動員して
博多うどん東京進出シミュレーションを敢行!
その結末とは?
グルメ本でもあり、ビジネス本でもある
一冊となりました。

2017-03-30-THU