おいしい店とのつきあい方。

098 お店の情報とのつきあい方。そのその24
帽子をおとりいただけませんか?

レストランでは帽子を脱ぐ。
これはドレスコードのひとつです。

近年、レストランのドレスコードは
随分、簡略になりました。
かつてフォーマルなレストランに行こうとすれば、
男性はジャケットを着るのが当然。
たとえ夏の暑い日であろうが、ジャケットを着、
よほどのことがなければ
脱ぐことはバッドマナーとされました。
靴は革靴。
入り口で出迎えてくれる支配人が、
店の雰囲気にあった装い可どうかをチェックし、
例えばネクタイが必要な店にノーネクタイで行くと
貸してくれたりしたものです。
ボクは、店の雰囲気にそぐわぬ
派手な色合いのスニーカーをはいていった店で、
厨房スタッフの黒い靴を借りて食事をしたこともあります。
大きく、そのままはくとブカブカの靴を、
はいて歩いて脱げぬよう
黒いソックスを何枚も重ねてはくようなこともありました。

いいレストランの支配人がボクに教えてくれたこと。
それは「さまざまな価値観をもった人たちから
好意をもって受け入れてもらう」ために
心がけなくてはならないことのさまざまでした。
そのまず最初の配慮が「装い」、
つまりドレスコードを守るというコト。
それはレストランという場所だけにとどまることなく、
仕事の場面のような機会においても大いに通用することで、
例えば初めての取引先に伺うにあたって、
相手に敬意を払わぬ装いはビジネスマナーとしても失格。
当然、コートを着たまま会議室のテーブルに座るだとか、
帽子をかぶったままで名刺交換するなんてことは、
まずありえない。
レストランとて同じこと。

ありがたいことに、必ず支配人やドアボーイが
出迎えてくれる上等なレストランでは、
最初にコートや帽子を預からせていただきましょう‥‥、
と、お店の人がそれらを脱ぐことを促してくれる。
いや、帽子もおしゃれの一部だから‥‥、
と脱ぐことを拒否してもお店の人は引き下がらない。

どんなに固辞しても、
「ココは晩餐会の会場ではございませんので」
‥‥と、とりあってくれないに違いない。

そうそう。
ボクが贔屓にしていたホテルのコーヒーショップに
「晩餐会の会場ではございませんので」が
口癖のマネージャーがいらっしゃった。
ロビーから気軽に入ることができる
カフェやラウンジのようにも使える使い勝手のいい店で、
その役割上、帽子やコート、
カバンをお預かりすることはない。
だから帽子をかぶったままでテーブルにつき、
帽子を脱がず座り続けるお客様が必ず一人はいる。
彼らひとりひとりに近づいていき、
帽子を脱いでもらう手際が見事で、
彼の仕事を見るのも
その店に行く楽しみの一つだったりもした。

ある日、たまたまお店が静かで、
そのマネージャー氏が手持ち無沙汰げ。
彼と「レストランにおける帽子」談義に
花を咲かせる機会があった。
帽子を脱がぬお客様に、
気持ちよく脱いでいただくための手順が
とてもおもしろかった。

「帽子をおとりいただけませんか?」
と最初はそっと呟きます。
それで気づいてとる人もおり、
でも半分くらいの人はそのまま、帽子を脱がない。
中には「どうして脱がなきゃいけないんですか?」
という人もいる。
まず答えるのは
「他のお客様のご迷惑になりませぬように」とやんわりと。
「帽子をかぶっているだけで、
誰にも迷惑をかけているとは思いませんが」
と、食い下がる人に
「晩餐会の会場ではございませんので、
お帽子はおとりいただくよう
皆様にお願い申し上げております」と、
しっかりとした口調でピシャリと。
そして笑顔で、
「ご協力、心から感謝申し上げます」と言ってしめくくる。

それでもわからぬ人がいる。
そういう人は
「迷惑をかけているわけではないはずだ」の一点張。
そのときには、仕方がないから
時間をかけてこのように‥‥。

レストランでお客様はみなさん、
当然椅子に座っておられる。
だから見えるのは上半身。
特に首から上が目立つのです。
そこに帽子が混じると、
二度見、三度見してしまうほど目立ってしまう。
大抵、帽子をかぶられるかたは
お立ちになった状態で
ご自身の姿を確認されるのでしょうけれど、
座るとプロポーションが一気に変わる。
思った以上に帽子が大きく見えている。
その大きく見えるということは、
サービスをしているワタクシどもだけでなく、
他のお客様にとっても同じこと。
あぁ、あそこに帽子をかぶっている人がいる‥‥、
と、気になり目が行く。
帽子をかぶってらっしゃる方は、
気づかぬうちに目立つ人になってしまう。
あぁ、失礼があってはいけない。
私共の粗相で、
イライラされたりしていないかしら。
お冷はたりているかしら。
コーヒーのお替わりを
必要とされていらっしゃらないかしら‥‥、と、
もう気が気じゃなくてそわそわしてしまう。
ですので、なにとぞ、
レストランでの帽子はご勘弁願えませんか‥‥、と。

大抵の方は帽子を脱いでいただけますが、
それでもどうしても脱ぐわけにいかない
というお客様がいらっしゃる。

また来週に続きます。

サカキシンイチロウさん
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出版社:ぴあ
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「うどん平」「因幡うどん」などを食べ歩き、
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博多うどんの素晴らしさ、
東京出店をせずに福岡にとどまる理由、
そして、これまでの1000店以上の新規開店を
手がけてきた知識を総動員して
博多うどん東京進出シミュレーションを敢行!
その結末とは?
グルメ本でもあり、ビジネス本でもある
一冊となりました。

2017-02-09-THU