058 どこでも一緒? その3
こんな店では叱られる。

チェーンストアは臆病者。
規模が大きく、誰もが認める会社がやってて、
だから強そうにみえるのだけど気弱で臆病。
誰かから叱られるのが怖くてしょうがないのです。

褒められる努力の前に、叱られない工夫をする。

飲食店において、
お客様から叱られやすいポイントがいくつかあります。
お客様がお店に入ったときに、
お出迎えができなかったとき。
注文を聞きに行くのが遅れてしまったり、
料理の提供が遅かったり。
食事を終えて、お勘定をしようと思っても
人がレジまでやってこない。
しかも誰にも見送られないで、
お店を後にするようなコト。
そんなコトがあったお店には
2度と行きたくないものです。

確かに料理がおいしくなかったり、
サービスが悪かったりすることで叱られることもある。
けれど、味であるとか良いサービスを
判断する基準には個人差がある。
だから、ときには叱られるのもしょうがない。
けれど、料理が速いとか遅いとか。
サービスがタイムリーだとか遅いとか。
スピードに関しては言い訳ができないことがほとんどで、
飲食店はお客様を待たせぬ努力を必死にします。



ボクのおじぃさん。
うなぎ屋をやっていました。
街でもかなり人気の店で、
鰻の専門店にしては
あまりお客様を待たせぬ工夫をしていたから。
鰻の蒲焼きを作るには時間がかかる。
お客様がやってきてから鰻を割く。
焼く。
蒸す。
また焼く。
何度も何度もタレをかけ、
時間をかけて完成するのに1時間から1時間半ほど。
時間をかければおいしいに決まっているけど、
その時間を待てぬというお客様がいる。
そのため見込み調理をするのです。
その日の来客予想にしたがって、
営業前から鰻を焼き
お客様がいらっしゃる時間に合わせて
焼きあがるように準備する。
そうすれば限りなく出来立てのモノを提供できて、
しかも待たせることがない。

ただ、ランチの営業が始まった途端に
雨が降り始めたりすると、
客足が伸びず鰻を無駄にしたりすることもある。
今日は何人前、鰻を焼き始めるのかというコトを
決める役割がお店の主の仕事で、
その見極めの名人だったおじぃさんは、
それで人気と財を成した。

そんなおじぃさんも、ときおり、
昔ながらの「待たせる鰻」を
食べたくなることがあったんですネ。
そんなときには大抵、ボクを連れていく。
おばぁさんが「シンイチロウと一緒に行くなら、安心ね。
2時間ほど遊んでおいで」と送り出す。



なぜボクと一緒なら安心なの?
と、聞いてみたことがありました。
ボクがまだ小学校に上がったばかりのコトでした。

じぃちゃんはなぁ‥‥、
昔、女の人にもてもてだったんだ。
逢引する適当な場所が今のようには昔はなくて、
そんなときにうなぎ屋はいい場所だった。
1時間半待つというのは、
逢引にとても都合のいい言い訳だから。
だから、一人でうなぎ屋に行きたいって、
ばぁさんにはなかなかお願いできなくて。
シンイチロウと一緒なら、そんな心配がないだろう‥‥、
って許してもらってるというワケさ。
‥‥、と。

子供のときに、その逢引とは一体なにか。
一時間半というのがなぜ都合がいいのか、
まるでわからなかったけれど、
大人になってなるほどそういう使い方を
昔の飲食店がされてたことがあったんだ‥‥、
と、しんみり思った。

ところでおじぃさんは、逢引なしで、
しかもボクを連れて行ってまで
なんで1時間半待って鰻を食べていたのか。

待ってまで食べてくれるモノを作ることができて
調理人は一人前。
待つ時間までたのしいと思える店ってどういうものか。
待ってくれるお客様の気持ちを忘れちゃいけないなぁ‥‥、
と思ってココでぼんやりするんだ。
ぬる燗の日本酒を飲みながら、
いつもおじぃさんはそうも言う。

でもな。
お客様を待たせる価値がある料理を作れたとしても、
絶対待たせちゃいけないのが、
いらっしゃいませというときと、
お勘定をもらってありがとうございますというタイミング。
その両方でお客様を待たせるお店は、
お客様から褒められるどころか叱られる‥‥、とも。



チェーンストアが叱られたくない、2つの機会が
「お出迎え」と「お見送り」。
その両方の場所がレジが置かれた場所で、
だからチェーンストアに入ると必ず、
出入り口の前にレジが置かれてる。
そのレジの周りにはお冷やメニューが置かれる
「サービスステーション」と呼ばれる設備が置かれてて、
出迎えた人がメニューやお冷、
おしぼりを持ってお客様を案内する。
お金を受け取った人が、
そのまま「ありがとうございました」とお見送りする。
最小の人数で、叱られないサービスを提供できるお店が
こうして完成する。

他にも沢山、お客様から叱られない工夫があります。
また来週。


サカキシンイチロウさん
書き下ろしの書籍が刊行されました

『博多うどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか
 半径1時間30分のビジネスモデル』

発行年月:2015.12
出版社:ぴあ
サイズ:19cm/205p
ISBN:978-4-8356-2869-1
著者:サカキシンイチロウ
価格:1,296円(税込)
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「世界中のうまいものが東京には集まっているのに、
 どうして博多うどんのお店が東京にはないんだろう?
 いや、あることにはあるけど、少し違うのだ、
 私は博多で食べた、あのままの味が食べたいのだ。」

福岡一のソウルフードでありながら、
なぜか全国的には無名であり、
東京進出もしない博多うどん。
その魅力に取りつかれたサカキシンイチロウさんが、
理由を探るべく福岡に飛び、
「牧のうどん」「ウエスト」「かろのうろん」
「うどん平」「因幡うどん」などを食べ歩き、
なおかつ「牧のうどん」の工場に密着。
博多うどんの素晴らしさ、
東京出店をせずに福岡にとどまる理由、
そして、これまでの1000店以上の新規開店を
手がけてきた知識を総動員して
博多うどん東京進出シミュレーションを敢行!
その結末とは?
グルメ本でもあり、ビジネス本でもある
一冊となりました。






2016-05-05-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN