008 たのしく味わう。その8
「いつもおんなじ」の大切さ。

東京の下町に、喫茶店に憧れる人にとって
名の知れた喫茶店がある。

おいしいコーヒーがいつも飲めるというので有名。
けれど、お客様の立場で憧れる店というだけでなく、
プロが憧れるお店でもある。
特に、いつか喫茶店を開業しようと
思っている人にとっては、勉強になり、
力強い存在だったりする名店。

有名な割に小さなお店。
けれど立派な焙煎機がある。
目立たぬ場所にひっそりあって、
にもかかわらずいつもにぎわっている店でもある。



毎日、毎日。
その日、一日分の豆を焙煎します。
とはいえ、その小さな店、一軒分にしてはかなりの分量で、
焙煎をした豆を袋に小分けして、
袋ごとに名前を書き込み棚に置く。
焙煎がはじまる時間は明け方で、
袋詰めされた豆が棚に並ぶ時間は
だいたい10時前後になるでしょうか。

喫茶店そのものの営業は9時ちょっと前。
その時間から、お店にはお客様が次々やってきて、
コーヒーを飲みお店の人と会話をたのしむ。
その様子は普通の喫茶店の朝の時間のようなのだけど、
焙煎された豆が棚に並び始めると、
途端にお店の空気が変わる。
それまでコーヒーを飲んでた人が、
ひとり、そしてまたひとり。
コーヒーの入った袋を受け取って、
また明日もよろしくお願いいたします‥‥、
といいつつお店を後にする。

喫茶店を経営している人たちが、
毎朝、コーヒー豆を買いに来る店。
それだけじゃなく、宅配便の人たちがやってきては
当日便の荷物を次々、運び出す。
東京中に、ここのお店の豆を分けてもらって
営業している喫茶店があるというコトなのですネ。


豆を焙煎する前から、
おいしいコーヒー作りがはじまるお店。
豆を一粒、一粒。
吟味することからはじまるのです。
焙煎する前のコーヒー豆は緑色。
その色合いが揃うよう。
それだけでなく、粒の大きさも揃うように
手で豆をつまみ上げながら仕分けする。
焙煎機の中に入れて、どんなに丁寧に焙煎しても、
豆の大きさが違うと仕上がりは当然違う。
豆の若さが違えばそれも、仕上がり具合に影響する。
だから一粒、一粒、
丁寧に豆をより分け同じようなモノだけ集めて焙煎をする。

より分けた豆にふさわしいよう、
温度や時間を変えながら、
どれもが同じ状態になるよう煎っていくから、
豆の仕上がりが安定するのです。
その豆を、いつもと同じように挽く。
同じように挽いた豆を、いつもと同じ分量、
すぐにドリッパーに入れ、
いつもと同じ温度に沸かした同じ分量のお湯を注げば、
いつもと同じ味のコーヒーが入れられる。

いつも同じ味というのが、
「飲食店における」おいしいコーヒーの最低条件。
だからおいしいコーヒーを提供したいと思っている人は、
こういうお店が扱うコーヒー豆を仕入れて
営業したいと思う。
豆を仕入れるだけでなく、
それを使っておいしいコーヒーを作る方法を教わりたくて、
お店での修行を希望する人がひきもきらない。
運良くそこで修行をし、
独立をしてお店を開業した店を
何軒か訪ねたコトがあるのだけれど、
どのお店も同じ味のコーヒーを出しているかというと、
不思議とそうじゃない。
しかももっと不思議なことに、
同じような味のお店より、
違った味のお店の方が流行っていたりするのです。

さて喫茶店における「おいしいコーヒー」の
本当の意味を来週、ちょっと考えましょう。



2015-04-30-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN