たのしく味わう。その3
「スゴくおいしい」と「いつもおいしい」。

レストランにいて、一番哀しいコトと言えば、
「自分だけが損しているのかもしれない」と思うコト。

大抵の人の人生には「理不尽な我慢」という地雷が
あらかじめ埋め込まれているモノなのでしょう。
例えば開店して間もない不慣れなお店で、
待てど暮らせど料理が出ない。
イライラしてくる。
あぁ、理不尽だ‥‥、と。
けれど周りをみれば、
他のお客様みんなが平等に、じっと待ってる。
‥‥、とそんな状況。
それは、つらいけれどもしょうがない。
お店の人が一生懸命、
汗して働いているのが見えたりすると、
「がんばれよ」って応援したい気持ちになれたりさえする。
「みんな被害者という大きな船」には、
怒りよりもあきらめと、
ときに不思議な一体感に包まれるもの。

ところが、周りの人には料理がスイスイでてきてる。
なのに、自分の料理だけがなぜか出てこない‥‥、
というシチュエーション。
嫌な気がする。
ワタシの注文は忘れられているんじゃないの?
と不安にもなる。
そのうちそれが怒りになって、
二度とくるかということになる。
「ワタシだけが乗る小さな船」には
孤独と絶望、そして怒りが忍び込む。



だからステキなお店は、
すべてのお客様に公平になろうと努力する。
みんなに同じ料理を提供しようとする努力。
それは「いつも同じ料理であるように」
という努力でもある。
だって、この前食べた料理と、
今食べている料理の味が違って感じる。
そのどちらもがどんなにおいしくても、
食べる度に違った味というコトでは、
お店を信頼することができなくなるし、
「もしかしたら、私だけがみんなと
 違った料理を食べているかもしれない」
って、不安のタネになったりもする。

いつ食べてもおいしい。
この前と、同じ味がする‥‥、という実感が
「大きな船」で快適な旅をしていただくための最低条件。
飲食店の料理で大切なのは、
「スゴくおいしい」コトじゃなく
「いつもおいしい」コトなんですね。

いつもおいしい‥‥、を作り出す方法には2種類ある。
ひとつは科学の力でいつもおいしい状態にする。
冷凍食品を電子レンジでチンすれば、
いつでも同じ状態になる。
けれどそれでは味気ない。
「理論上」いつも同じであるということと、
「いつも同じように感じる」というコトは別のコト。
だからステキなレストランの人たちは、
自分たちの舌と技術と経験で、
いつも同じように感じていただける
料理作りを心がけるのです。



有名な老舗とんかつ店の経営者と、
食事をさせていただく機会に恵まれたコトがありました。
ふくよかな体をされた女性経営者で、なのに食の細い方。
残すのももったいないから、
最後の〆の食事はご無礼しますと
申し訳無さそうにそのお店の人に告げながら、
夜に食事をあまりされない理由をこう言う。

毎朝、その日のとんかつを試食するんです。
肉の状態が毎日変わる。
気温も湿度も、一日として同じ日はなく、だから毎日。
ロースにヒレに銘柄豚と、
何種類も食べなくてはいけなくって、
お医者様にも叱られる。
けれど毎朝食べながら、
うちのとんかつは本当においしい、
毎日食べても飽きないものネ‥‥、と、
いつもどおりにホッとすることで
お店のみんなもホっとして、
それで一日の営業がはじまるのです。
お客様も毎日私が味を確認しているから、
間違いがないと思って安心されている。
だからもう、痩せる暇もない。
明日の朝も3人前のとんかつを食べなきゃいけないから、
晩はいつも食事は控えめにと
させていただいているんですよ‥‥、と。

そんなたのしい出会いから半年くらいたったころ。
その女将さんが入院したというコトを聞き、
見舞いにいった。

とんかつを毎日食べ続けたせいで、
こんなコトになっちゃいました。
毎日食べてもおいしい料理を目指してがんばっていたのに、
毎日食べると結局、
体がおいしくないと言っちゃう料理を作ってたんだ。
そう思うと、ちょっとさみしくて。
でも、この商売しか私にはないから、
これからも命を削ってがんばりましょう。
もし今度、生まれ変わるコトができたら、
コーヒーのお店の経営者を選ぶかもネ。
毎日飲んでも体が悲鳴をあげることは
ないだろうから‥‥、と。

来週はおいしいコーヒーの話をしましょう。
ごきげんよう。



2015-03-26-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN