194 レストランでの大失敗。その19 「メニュー」はお店の約束ノート。

「お客様。
 もうしわけございませんが、
 当店にはピザのご用意がございません」

頭を下げつつ、小さな声で
ピザを所望の紳士に支配人は伝えます。
お客様に恥をかかせてはならないからの、小さな声。

飲食店に限らず、接客の最中に、
お店の人が声をひそめて
お客様にささやくように何かを言うコトがある。
声を潜める理由はふたつ。
ひとつは、そのお客様だけにお伝えしたい
耳寄りの情報を口にするとき。
「本日は丸まると太ったシャラン産の鴨が
 1羽だけ入荷がございまして、
 もしお嫌いでなければ
 おすすめしようと思っておりますが、
 いかが致しましょう」
などという、とっておきの言葉は大抵、ひそひそ声。

もうひとつは、他のお客様の耳に入ると、
当のお客様が恥をかいてしまうようなコトを言うとき。
例えばボクなんて、ハイファッションのお店に入って、
とてもステキなシャツを見つけて
試着をさせてもらおうかと、お店の人を探す。
するとそっと近づいてきて、小さな声で
「申し訳ございませんが、
 お客様のサイズのご用意がございませんで」‥‥、と。
そんなときには絶対大きな声で言わない。

さて、このときの接客中の小声の理由は、
当然、耳寄り情報をお伝えしたいからじゃない。
にもかかわらず、件の紳士。
二度聞き直し、挙句の果てに大きな声で、
「イタリア料理の店なのに、
 ピザがないなんておかしいじゃないか」
と言うのです。



イタリア料理のお店ってどんなお店なんでしょう‥‥。

パスタがあって、モツァレラチーズにバジルがあって、
トマトソースの料理があって。
当然、ピザもあるはずだよね‥‥、と。
そう思って、メニューもみないで注文をする。
それで注文したものが無いと言われて、
がっかりしたり怒ったり。
勝手に期待して、その期待を裏切られたからといって
気分を害するようなことって、
あまりに哀しく、大人げない。

たとえば「日本料理のお店」って
どんなお店なんでしょう‥‥。

お寿司があって、天ぷらがあって刺身があって、
やっぱりすき焼きもあるお店。
それが日本料理のお店だって、
海外の人たちは思いがちだし、
日本以外でJapanese Restaurantを開業するときは、
必ずそれらの料理を網羅するのが習わしでした。
そんな気持ちで日本にくると、
お寿司屋さんですき焼きを食べたいと言っては、
無いと言われて、なんで? となる。
そんな景色が日本のあちこちで繰り広げられることが、
かつてはあった。
それとおんなじ。

メニューを先にみればわかるのにね‥‥、って、
そう言う母にボクは言う。

実は、ボクも昔、同じようなコトで
恥をかいたことがあるんだよ‥‥、って。



ボクが気に入ってよく通っていたレストラン。
北イタリアで修行したというシェフのお店で、
そこのチーズソースのニョッキが本当においしかった。
行くたび必ず食べるのだけど、
その日のチーズの状態で味がちょっとづつ変わって
それを食べ比べるというたのしみに、
ボクの中でイタリア料理といえば
ニョッキのチーズソースというふうに
擦り込まれていたのですね。
それで別のお店にいって、
そこでも同じ料理がないかと聞いてみたのだけど、
それこそ小声で、
申し訳ありません、ないんです‥‥、って。
だってチーズはあるんだから、
作れないことはないでしょう‥‥。
ニョッキがないなら他のショートパスタでもいいから
チーズソースのパスタが食べたいんだ‥‥、と。
そう言うボクに、シェフがわざわざやってきて、
ボクはシシリアやナポリで修行をしたので
どうにも北イタリアの料理は苦手。
作ろうと思えば作れますけど、ボクは得意じゃないんです。
得意じゃない料理をお客様に出すのは
プロとしてできぬ相談。
だから他のモノをたのんでいただけませんか‥‥、
と、言われて、あぁ、悪いことをしちゃったなぁ。
何よりボクの中にある勝手なイタリア料理のイメージを、
訳もわからず押し付けた。
そんな無礼に顔が赤らむ経験をしたんだよ‥‥、って。

 


そういえば私もこの前、
イカスミのスパゲティーが食べたいんだって、
とあるお店でお願いしたの。
得意じゃないんですけど、作ってみますネ‥‥、って
多分、私がスゴイ形相でたのんだからだわ。
作ってもらったんだけど、
あんまりおいしくなかったことがある。

メニューというのはお店がお客様にする
約束事をまとめたモノ。
チェーンレストランにとってメニューというのは
「コレ以外のモノをつくることはできません」
という約束事。
だって、マニュアルにないような料理をつくることは、
素人同然の調理スタッフにはできない相談ですものネ。
普通のレストランにとっては
「それをたのんでもらうと、
 手間がかからず助かる料理」の集大成。
いいレストランにおいては
「お客様のわがままで
 他の料理をつくることもできるけれど、
 自信をもって提供できる得意な料理」
が書かれているもの。

食べたいものを言う前に、
まずはメニューを見なくちゃね‥‥、
というコトなのです。

さぁ、来週。
やっと料理の注文をする事となる。
お腹がすいてまいります。




2015-02-12-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN