194 レストランでの大失敗。その6。おなじみさんの席、はじめての人の席。

シンイチロウくん。
あのお店から電話がかかってきたんだけれど、
何かあったの?

ボクをそのお店に連れて行ってくれた件の先輩が、
ボクに聞きます。
デビュー失敗の数日後。
渋々、その日のことを報告しなくちゃいけなくなった。

思ったテーブルに座れなかったコト。
しかもそのテーブルには結局、
その日、誰も座ることがなかったコト。
以前、食べておいしかったからと
たのんだ料理がなかったコト。
恥をかかないよう、
高い料理やワインをたのんでしまったら、
思ったよりも高くなってしまったコト。
そして一緒に行った友人に、
以前来た時にはこうじゃなかった、
というようなコトを話してしまったコト。

それでそのとき、
先輩と一緒に来たと
いうようなコトを言ったんです‥‥、と。

どうして、行くときにボクに言ってくれなかったの?
もし、一言、教えてくれたら、
ボクから電話を入れてあげたのに‥‥、と、
そういう彼に、ボクはこう言う。

予約からひとりでやってみたかったんです。
人の力を借りないで、
おなじみさんになってやろうと思ってそれで。
けれどどうも上手くいかなかったようなんです。
ご迷惑をかけたようで、申し訳ありませんでした‥‥、
と謝った。

先輩、言います。

世の中にはネ。
自分で片付くことと、
自分だけではどうにもならないコトがある。
誰もにドアが開かれている、
気軽なレストランのなじみになるということと、
誰にでも開かれているわけではない、
特別なレストランのなじみになるということは、
まるで違ったことなんだ。
よほどの経験。
よほどの知識。
そしてその場の空気を理解する力量がないと、
永遠に特別なレストランは
ボクらのものにはならないんだよ。


そう言って、ボクがそのとき感じたいろんな違和感と、
失望のワケを彼はひとつひとつ謎ときをする。

まず、ボクが座りたくて座れなかったあのテーブル。
それはサービスを必要とせぬ、
プライバシーを好むおなじみさんのための席。
客席ホールの隅にあって、
他のお客様からの視線を気にせず食事ができる。
けれどそれは、サービスをする立場になると気配りできぬ、
つまりサービスが行き届かない
可能性のあるテーブルなんだ。
だから、大抵は使わない。
予約もしないで、ふらりとやってくる
おなじみにさんのためにとってるテーブルでもあり、
そういう席をもってるお店は、使い勝手のいいお店。
一方、シンイチロウくんが案内されたテーブルは、
はじめてのお客様のためのテーブル。
すべての客席がみわたせて、
次にきたらあのテーブルに座ってみたい‥‥、
とイマジネーションをかきたてる席。
しかもサービスが行き届きやすい場所にもあって、
そういう席に案内されたコトを感謝すべきで、
決して恨んじゃいけないんだ。

料理を注文するにあたって、
シンイチロウくんは最優先すべきヒントを聞き損なった。
今、何を食べるべきかを一番知っている人は、
ボクではなくてお店の人。
そんな店にも「あそこに行ったら、
あれを食べるべきだよ‥‥」と、
常連風をふかせる人もいるけれど、
今日、この瞬間のコトを彼らが知ってるわけもなく、
だから何かおいしいモノにありつきたければ、
今、目の前にいるお店の人のヒントを
まずは聞くべきなんだよ。

それからワイン。
はじめて行ったお店で、高いワインをたのむのは
「自分は裕福だから」と言いたい一心の
下品な行為に思われる。
そもそも、レストランで見極めるべきは
「料理のおいしさ」であって、
「ワインの品揃え」は二の次のはず。
ハウスワインがある店ならば、それをたのんで飲みなさい。
その店の料理の傾向がわかるはず。
ハウスワインがなければ、
おすすめのワインを教えてもらって飲んでごらんなさい。
安くておいしいワインをすすめるお店は
信頼できるに値する。
いきなり高いワインをすすめるような店には、
二度といかなきゃいいだけです。

なにより最後の捨て台詞のように、
人の名前を使う輩に、ステキなお店のドアは開かぬ。
そうは思いませんか? と、厳しき一言。


ボクは一体、どうすればよかったのでしょう。

そういうボクに、シンイチロウくん。
来月のいつならあの店にいく余裕ができますか? と。

2度目のデビューの扉が開く。
成功しますか?
さて、来週。




2014-11-06-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN