194 コース料理のたのしみ方。よいお客様は、よい調理人。

高級になればなるほど「命令形」になる日本の料理。
その反対がフランス料理。
‥‥、とするならば、フランス料理は
高級になればなるほど
「自由度」が増すということになる。
例えば、2週間前に
フレンチレストランで出会えそうな料理の名前
あげてみました。

実はちょうど今頃。
季節が夏を忘れようと一生懸命になっている、
秋の始まりに実際、出会った料理でした。
カリフォルニアワインの
膨大なコレクションを持っている店。
アメリカ経由で日本にやってきたフランス人のシェフが
腕をふるうレストランでのことでした。


山羊のチーズをつかったフランをアミューズに、
ナッツとリンゴに根セロリを使った
ウォールドーフ風のサラダを冷たい前菜。
オーボリー茸をバターでソテしてグラタン仕立てにした
温かい前菜に続いてやってきたのが、その一品。

マグロは拍子木状に切られていました。
マグロの切り身の一辺に、胡椒でしょうか。
くすんだ灰色の細かな粒がギッシリ貼り付き、
底辺部分はこんがりとこげ色が付き、
上に向かっていくにしたがい、
マグロの赤身本来の、深くて鮮やかな赤い色へと
グラデーションをなし、焼かれている。
大きなお皿の左手に、そんなマグロの切り身が3切れ。
その周りには点々と、黄色いソースに緑のソース。
どちらもハーブの香りをやさしく放つ。
細く切ったジャガイモを、丁寧に編み上げ
一枚の織物のようにしたモノを、波打つように揚げたモノ。
四角く切った秋の野菜で作ったラタトゥイユは、
セルクルに入れ丸く形を整えられて、
メインの魚のサイドに並ぶ。

さぁ、どう食べようかと悩みます。
ソースがマグロの上にかかっているのなら、
その両方を一緒に食べればいいのだろうけど、
ワザワザ、別に添えられている。
しかも2種類。
ということは、そのまま味わってみたり、
ソースをつける加減であったり、2種類を混ぜてみたりと、
いろんな食べ方を試してみてはいかがですか?
というコトなんだろうと、思って、あれこれ。
試してみては、みんなでこの組み合わせは辛味が際立つ。
2つのソースを組み合わせると、
苦味が甘みに変わるよね‥‥とかと、
食べた感想をみんなで交わす。
どれもそれぞれおいしいけれど、
ボクはこの食べ方が一番おいしく感じたよなんて聞くと、
その人の性格や、
食べるものに対する好みがわかったりして盛り上がる。


日本料理は命令形であると同時に、
潔癖症気味な料理‥‥、かもしれません。
味と味が混じりあうことを嫌ったりする。
だから一皿、ひと味。
食べ飽きない程度の量の料理が次々、
テーブルに運ばれてくる。
西洋料理は一皿の上のいろんな味が
混じりあうことをたのしむ料理。
さまざまな色の絵の具が、重なりあって混ざり合い
独特の色合いを生む、
油絵のような料理といえば言えなくもない。
隣り合う色どうしが混ざり合わぬよう、
輪郭線を引くことで
キッパリとした色の世界をつくりだす
日本画のような日本料理とはまるで違った世界観。

マグロを食べていくと、シットリとした歯ざわりに
ちょっとアクセントが欲しくなり、
パリパリ揚がったジャガイモや、
ネットリとしたラタトゥイユと一緒に口に運ぶと、
イメージがかわる。
ナイフフォークで切り分けながら食べるというのも、
西洋料理ならではで、
同じマグロを焼いたものも、
小さく舌にのせるように味わうときと、
大きめに切り、顎と奥歯で味わうときでは、
味や食感の印象がまるで違って感じられる。
西洋料理はキッチンの中で調理が終わらぬ料理でもある。
ナイフフォークは小さな調理道具。
料理はテーブルの上で完成品になっていく‥‥、
つまり、調理人は食べ手と協力しながら
料理を完成させることになるわけで、
料理が非凡で驚きに満ちたモノになるのか、
凡庸なただの料理になってしまうのか、
最後の調理人であるお客様にゆだねられている。

よいお客様は、よい調理人。
調理人としての腕のふるいがいのある料理が
実はメインディッシュというコトになるのです。
テーブルを囲むみんなが互いに理解をしあうための
メインディッシュであると同時に、
厨房の調理人とお客様とが理解をしあうための
メインディッシュでもあるとも言える。

さてさて、そろそろコース料理も大団円。
デセール、そして小さなお菓子の時間となります。
また来週といたしましょう。


2014-09-18-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN