借金をしないでお店を開業できる人は、大抵、裕福な人。
自分がオーナーをつとめているお店を
自慢したい人でもあります。
だから資金は潤沢にあるから、とボクに相談をしにくる人も
そのほとんどが「上等な店」を作りたがった。

ボクが40歳になるくらいまで。
つまり20世紀という時代において、
ということになりますか。
ビジネスの世界で成功する人というのは、
ライバルよりも高く売ることに成功した人が多かった。
そういう人たちが有り余るお金を使って
開業しようとする飲食店は、
「自分の会社のイメージ」を、
ひいては「経営者としての自分自身」の
イメージを傷つけないようにと、
上等で高価な店であることがほとんどでした。
どうせ儲からなくていいのなら、高く売れ!
これが「自分や自分が扱う商品を高く売ること」で
成功した人の考えること。

ところが20世紀が終わりを迎えることから、
高く売るより徹底的に安く売ることに成功した人が、
お金持ちになる時代がやってくる。
グローバル規模に経済が膨らむ。
インターネットを使えば人手や店舗コストを大幅に抑えて、
安く販売しても利益が出る。
安く売った分は、
お客様が増えた分でまかなうことが十分できる。
圧倒的な安さでライバルを蹴落とすことができれば、
ますます売上を増やすことができ、
販売量が増すというコトは安く製造することにもなる‥‥、
というコトの繰り返し。

買い叩いたモノを安く売り切ることで成功した人は、
お客様も「買い叩くコトに快感を得る」と
思い込んでしまうのかもしれません。
あるいは、安く売ることが
ただただたのしい無邪気な好奇心からかもしれません。
自分の成功の証として、飲食店を経営してみようか‥‥、
なんて、そんな動機で飲食店を作りたいという人が、
最近、増えてきているようです。


さて、話題の高級料理の立ち食いの店。
ボクは好きかというと、好きじゃない。
なぜ好きじゃないかというと、
それは「なんの工夫もない」店だから。

立って食べる蕎麦はおいしい。
立ったまま寿司をつまむというのも粋で、
東京には立ち食いの、
けれど驚くほど高い寿司屋があったりします。
築地直送のネタを使って、
経験豊富な職人が、
見事な手際でうつくしくすばらしい寿司を握ってふるまう。
銀座の老舗で、座って食べれば2万円とか3万円とかは
当たり前にかかってしまうであろう寿司。
それが立って食べるということで
1万円くらいでたのしむコトができる店。

安い理由は、立ち食いのために長居する客がいないこと。
だから回転がいい。
多くのお客様をもてなすことができるようになる。
なによりサービスをしなくていいから、
人手を節約することができる。
自分の地所でやっている。
だから家賃を払わなくていい。
古くからの店を養生しながら使い続けているから
当然、借金なんてないのでしょう。
安く売れる条件を、ほとんどすべて満たしていて、
そして安く売っている。

しかも、立ち食いをたのしめるような工夫をしている。

実は安くしたところで、
行ってみれば所詮ただの立ち食いの店。
疲れるだけで、二度と行きたくないネ‥‥、
と言われればそれでオシマイ。
だから工夫が必要なのです。

そもそも寿司というのは、立って食べるのに適した料理。
ちょうど一口分の料理が一個づつ提供されて、
片手でたのしく食べられる。
ご飯と魚の切り身の組み合わせの、
「刺身定食」を立って食べるのは
なんだか貧しく、粋じゃない。
そしてこの店。
刺身を売らない。
刺身を売れば酒を売らなくちゃいけなくなって、
立ったままで酒を飲むと疲れてしまう。
しかもおいしい寿司に気持ちを集中できなくなるから、
それであえて刺身を売らない。
刺身を売れば、ご飯がついていない分、
たくさんお腹におさまりもする。
酒と合わせて自然と単価があがるのだけど、
それをあえてしないから、だから立ち食いだけど快適で、
また来たいなぁ‥‥、と思うようになるわけです。


それに比べて、立って食べるフランス料理はいただけない。
フランス料理にもサンドイッチのような、
立って食べてもお行儀悪くない食べ物はたくさんある。
けれどエレガントなレストランで提供されるような
「高級料理」をそのまま
立ち食いのテーブルの上に引きずり出す。
当然、ナイフとフォークで
食べなくてはならないようにできている。
しかもワインを飲めとしきりにすすめる。

フランスにも。
イタリアにも。
立ってたのしく飲んだり食べたりする店はある。
最近、日本でも流行り始めているスペインのバルなんて、
まさに立って飲み食いするから
こそ安く楽しむコトができる業態で、
けれどそういうお店の料理は、
手づかみかフォーク一つで食べられるよう、工夫されてる。
そんな工夫もしないでただただ安くする。
それはあたかも、エコノミークラスで
ファーストクラスの料理だけを取り寄せ
食べるようなものじゃないかと思う。

立ったままで2時間近く。
何にもたれることもなく、
背筋をすっとのばしたままで
ナイフ・フォークをキレイに操り、
ワインとフランス料理をたのしむ体力と
忍耐力がありさえすれば。
そして、そういう人たちだけで
その空間が満たされているのであれば、
ボクも好きになれるんだろうけど、
ボクも含めてそうじゃないから、
それが好きではない理由。

 

2013-12-19-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN