ところで接待において、大切にしなくてはならないのが
「時間」を守るというコトでしょう。

そりゃ、約束の時間どおりに
スタートしなくちゃいけないことは、
接待だけじゃなく、会議においても人との待ち合わせでも
社会人として当然のこと。
もてなす側は、早めにいってココロの準備を滞りなくする。
お店の人にこれから来る人のコト。
その人たちをどのようにもてなしたいか、
お店の人に説明しておく絶好の機会でもあるので早めに。

ただ、あとからやってくる人に
「待たせたんだ」と思わせぬ配慮が必要です。




昔、ボクの同僚で、
お客様を一緒によく接待をしたチームのメンバーが
ほれぼれするほどのヘビースモーカー。
とある料亭の待合でお客様を待っている間、
ずっとタバコを吸っているのです。
約束の時間の15分ほど前にやってきたにもかかわらず、
みるみるうちに灰皿の中がタバコで一杯。
そろそろ、お客様のお越しの時間になりますよ‥‥、
と、店の女将さんが新しい灰皿をもってきて、
さらりとこういう。

「その吸殻の中から一本、
 この灰皿に移してお待ちくださいませな」と。

タバコ吸いが人待をする。
その時、タバコを全く吸わぬコトは不自然。
けれど灰皿の中に沢山タバコの吸殻があるというのは
「長い時間、待たされました」という証。
それで一本残して待つ。

タバコ一本分、先にやってまいりましたというしるし。

なんと粋かと感心しました。

一方、もてなされる側は遅めに着くように配慮する。
もてなす側が「タバコ一本分先に」であるとするなら、
もてなされる側は
「電車一本分くらい、遅れて行くとよござんしょ」
と、そのお店の女将はニッコリと言う。
もっとも、私の田舎ので電車を一本乗り損ねると
1時間近く待たせてしまって
大変なコトになりますけれど‥‥、
と、大きく笑ってボクらも大きく笑ったところで、
お客様が到着をして
たのしく明るいお出迎えができたコトに感謝をしました。




言い訳がきく程度の時間、遅れて到着する気配り。
例えば山手線の電車一本。
例えば道路が混んでいて、信号一個分だけ遅れた。
そんな大人の配慮が接待を
優雅でやさしいモノにするのでしょうね。

ただそれよりももっと大切なコトがあって、
それは「時間どおりに終わるというコト」。

接待というのはどんなに、
その双方がどんなに親しい間柄でも
どこかに緊張を伴うモノ。
「ただ贅沢な食事」とは違って
どこか仕事の延長線上にある。
いつまでも終わらぬ仕事がつまらぬように、
いつ終わるかわからぬ接待は
もてなす側ももてなされる側も疲れ果ててヘトヘトになる。
どんなにおいしいお店でも、
提供時間がかかりすぎて終りがみえないようなコトでは、
接待レストランの資格なしってコトだろうと思うのです。

そもそも締め切りを守れぬ人は、
社会人として失格じゃないかと思うんですネ。
いっときのゲーム業界なんかで当たり前だった、
ソフトの発売期日がのびのびになるようなコト。
「納得のいく内容にならないから」
「ソフトの不都合を取り除くのに
 時間がかかってしまったから」
と、もっともらしい言い訳をいい
結局、何ヶ月も遅れてリリースされるなんてコトが
よくありました。
今でこそ、イベントの翌日には
もう新商品が店頭に並んで当然のAppleだって、
一時期、新商品の発売が延期延期で、
人気をなくしてしまったコトがあったほど。
締め切り守らぬ。
終わりがわからぬ。
それは人気をなくすこと。




ボクは一度、成功したのか失敗したのかわからないほど
不思議な接待をとりおこなったことがある。
場所はうなぎの名店でした。
完全個室。
見事な庭園を囲むように離れの座敷がしつらえられてて、
接待の場としては最高。
‥‥、のように思えたその店で、季節は夏。
まさにうなぎがおいしい季節に、
お客様を接待ランチにそこに誘った。
ランチですから、接待とはいえ
1時間から1時間半ほどで食事を終えることが相当で、
たのんだメニューはうな重に鯉こくがつく
一番簡単な定食でした。
天然うなぎを使ったとても贅沢な値段のランチで、
店の雰囲気と相まって、接待気分がグイッとたかまり、
喉ならしつつうなぎがやってくるのを待った。

ところが‥‥。

待てど暮らせど料理がやってくる気配なく、
まずは鯉こくが30分ほどした頃合いでやってきて、
お腹がすいているものだから、
それをゴクリとあっという間にみんなが飲み干す。
そして再び、待てど暮らせど料理がこない。
そればかりか、座敷まわりに人の気配がまるでなく、
捨て置かれたようなさみしさすら漂ってくる。
1時間ほど待ちました。
仕方がないから無粋と思いながらも仕事の話をしながら、
お茶を片手にじっと待ち、
大きな咳払いと共にふすまがそっと開き、
恭しくも大きなお重にうなぎとご飯。
お重の底は上げ底で、
そこにはお湯が注ぎ込まれてご飯が湯煎の状態にある。
だからいつまでもさめずに熱々をたのしめるという、
サービス精神旺盛で、上等にしてうなぎの味は一流でした。
けれど予定の時間を大幅に越え、
お客様はあっという間にうなぎをお腹の中に収めて、
それでは後日と席を立つ。
ただ、うなぎを待っている1時間ほどで
接待の目的部分はシッカリ果たし、
会議の後にうなぎを食べた!
って感じのランチではあったわけです。

この接待って、成功したのか、失敗したのか
どうなんでしょうと、師匠に聞いた。
答えはこうです。

その店は、政治家が密談をするのに
好んで使う店なんですよ。
だから、タップリ時間をかけて
お客様のプライベートな時間を作る。
うなぎができてくるまでは、
お店の人がやってくることは無いというのが
暗黙の了解であって、
だから心置きなく秘密の話をできるのですね。
大昔‥‥、江戸時代くらいまでさかのぼりますか。
座敷にあがってうなぎを食べるということは、
とても色っぽいイベントで
食事をするための座敷の横に、
布団がひかれていることがあったほど。
うなぎが出来上がるまでの時間、
大人の時間をたのしむ風習。
それが転じて、お客様の時間を邪魔せぬ
プライバシー満点の不思議なサービスの店に
なったというコトなのでありましょう。

今でもそのときのコトを思うと、
居心地が悪くなるのでした。


2013-08-22-THU