「カシミアのカーディガンが似合うお店になるようにと、
 ガンバっております」
とそう、予約の電話でヒントをくれた件のお店。

フランス語の店名で、
ふんわりとしたカーテンと
明るいフランス模様の壁紙が居心地のよいレストラン風。
椅子も座り心地がよくて、テーブルもユッタリ大きい。
一人でフラッとやってきて、
お茶にお菓子をたのしみたくなる。
そんな雰囲気。
2冊のメニューが用意されていて、
その一冊にはコース料理が2種類。
前菜やメインディッシュが何種類かの料理の中から選べる、
「今月のプリフィックス」のコースがひとつ。
それと、「今日のシェフのオススメコース」
というのがひとつ。
料理の内容がとても丁寧に説明されていて、
季節の素材を上手につかったフランス料理。
高価な素材はあまりつかわず、
かといって「いわゆる」通好みの珍しい食材が
使われているわけでもない。
けれどもこの時期の、どんなフランス料理のお店に行っても
おそらく用意されているだろうと思われる料理は
手堅く用意されていてホっとする。
ただ、これならワザワザ
来るだけの魅力はないかも‥‥、と。
そう思いながら、もう一方のメニューを開く。





アラカルトだけのメニューで
料理が全部で40種類くらいはありましたか。
コース料理の一部をなしている
典型的なフランスのもてなし料理から、
田舎風のパテであったり、
ステックフリットのようなビストロ料理。
ビーフシチューや野菜のグラタン、
フォアグラを贅沢に使ったパイとか、
いろんな料理が揃っていて、これがなんともオモシロイ。
食べたいものがあれもこれもと目に入り、
どれも魅力的でなかなか注文が決まらない。
そういうときには
コースメニューにすればいいのだろうけど、
それももったいなく感じるほどに、
アラカルトのメニューがたのしく、ウレシイ悲鳴。

お店の人がやってきて、
何かお手伝いをいたしましょうか? と。

はじめてのお伺いするときには、
コース料理をいただいてみるのが
おそらく一番いいのだろうと思うのですけど、
それが悔しいほどにこちらのメニューが
ステキで困ってるんです‥‥、と。

失礼ですが、どちらからお越しになりました?
と聞かれて、ユックリ散歩をして
20分たらずで到着しました。
そういうボクらに、
「でしたら是非にアラカルトからどうぞ」。
実はコースのメニューは
最近はじめたのです。
インターネットのサイトでよい評判をちょうだいして、
それでワザワザ遠くからいらっしゃるお客様が増えてきた。
もともとご近所のお客様に
贔屓をしていただいていたワタクシたち。
駐車場もありませんし、わかりにくい場所でもあって、
電話で場所をご説明するのも一苦労。
散歩のついでにふらりと来ていただける方のために、
気軽な料理をずって作っていたのですけど、
そういう料理ばかりでは、
遠くからきていただく方に失礼になると。
そう思って、いろいろ工夫をしているのですけど、
なかなか思いが伝わらないこともありまして、
ときにお叱りをちょうだいします。
ワザワザ来たのに、期待はずれでがっかりしました‥‥、
って、そんなコトをいわれると、
あぁ、どうしようとシェフと二人で
一晩、眠れなかったりするんですよ‥‥、と。

なるほど、たしかに。
カシミアのカーディガンが似合うお店は、
近所にすんでいる人がふらりとやってくる、
気軽な食事を上等に、
たのしくふるまうコトができるレストラン。
それを「遠くからワザワザやってきたのに期待はずれ」
と評価するのはお門違いにちがいない。

飲食店と受験生って似た存在かもしれません。
期待されないとモティベーションが上がらない。
まわりの人から適度な期待をされることで、
はじめてやる気がでてきて
レベル、実力がどんどんあがって良い成績を作ってく。
飲食店も、ほどよくお客様から期待してもらえるように
お店のしつらえや立地、サービスを決めていく。

お客様に適度に期待をしてもらい、
その期待に確実に応え続けるコトで
お店は評判を獲得していく。
その評判が徐々に高まり、
名声になるとお客様の期待は否応なしに膨らんでいく。
膨らむ期待に応え続けるコトができれば、
お店の繁盛は永続的に保証される。
‥‥、のだけれど。






時に、異常なほどの期待にさらされ、
逆に実力が発揮できなくなることもある。
必要以上の期待をしたお客様がやってきて、
お店になんの不手際もない。
いつもどおりにしているのに、
「期待はずれ」といわれてしまう。
昔はよほどの有名店や、
テレビなんかではやしたてられた店くらいしか、
そういうコトに巻き込まれるコトはなかった。
ほとんどの飲食店はあくまで
「地域のお客様のモノ」だったから。

ところが今はネットの時代。
遠くの場所のお店の情報を簡単に、
手に入れるコトができる時代。
しかも誰もがお店の評価を発信できて、
シェアするコトができる時代。
見知らぬ人の評価を信じて、時間と手間をかけて
お店にやってきて、その評価の通りじゃなかったと
がっかりしてしまうようなコトが日常的に起こってる。

そもそも料理というモノ。
何万円もする料理や、その店、
その地域でしかないようなものでない限り、
何時間もかけて出かけて期待通りであるコトは
少ないんだと思うほうがいい。
何時間も並んでまで、食べて
それでも手放しで
「並んだだけの価値があった」
「期待以上においしかったと」
と呼べる料理なんてありはしない。
もしそんなコトを言う人がいたら、
それはなにか特別な「魔法」にかかってしまって
冷静な判断ができなくなってしまっているんだ、
とボクはおもうようにしている。

程よき期待。
何度も何度も着続けるコトで、
体に馴染んで着心地が良くなってくれる
カシミアのカーディガンのように、
何度も何度も通い続けると
気持ちに馴染んでいくレストラン。
カシミアのカーディガンが似合うレストランは、
カシミアのカーディガンが快適と感じる距離の中にある。
あなたの家から20分。
徒歩20分、車で20分という距離感の中にあって、
ふらりと寄れる。
何度も通いたくなるように、コース料理がメインではなく、
アラカルトが充実していて
しかもあまり頻繁にメニューを変えない配慮がある。
近所にあって「私のお店」を言ってもらえるよう、
お客様がせっかく気に入ってもらった料理が
なくなっちゃって、寂しい思いをさせぬよう。
刺激的じゃない。
けれどココロ癒される、
やさしさのあるお店が生活圏にある暮らし。
ステキですよね。

そういうお店に運良くもしも出会えたら、
さて、どのくらいの頻度で利用をするように
お店の人は仕組んでいるのか?
来週、お話いたしましょう。




2013-04-04-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN