「私の知り合いの、小さな会社を経営している人が、
 このお店を教えてくれたの」

そう母は続けます。
オーセンティックなバーとは、どんな場所なのか。
その疑問をもつ女性たちを連れてやってきた、
新宿のとあるバーでのお勉強会。
母は、続けます。






──その会社では、新入社員が一人前になったって
認められると、このお店でお祝いをするんですって。
社長とその人、ふたりきりで。
お祝いでもあり、一人前のオトコとしての飲み方を
学ぶ儀式でもありという時間。

スッと背筋を伸ばして座る。
そこのお店で一番安い、
けれど一番自慢をもってすすめるスコッチ。
水割りにして、その社長と同じペースで飲んでいく。
グビグビじゃない。
ちびちびでもない。
軽く口に含んで味わい、そして必ず会話をかわす。
今までがんばってきて苦しかったこと。
今の気持ちや、これからのコトを語り合いながら、
ユックリお酒をたのしんでいく。
お酒のもっているたのしい魔力に、互いの距離は近づいて、
本音がしたたか顔をのぞかす。
いつもは出来ない話ができたり、
あるいはちょっとした癖がわかったりしたりもする。
そして何回かお替りをして、
背筋を伸ばすコトが辛くなってくる。

「これが君がたのしくお酒を飲める目安だ、
 覚えておこうな」と。

その一言で、男同士の時間が終わる。

いい話でしょう。
背中を預けるコトができない椅子でたのしむ。
肘をついたり、ましてや頬杖ついたりしたら
この人、退屈してるんじゃないかと思われ、損をする。
カウンターに突っ伏すほどに飲んでしまうような人と、
誰が一緒にお酒を飲んでくれましょう。

ずっとそうしてやってきて、
一度もその社長よりも飲める新人がいなかったのが、
その人の自慢のひとつ。
だったのだけど。
数年前に、電話がきたのネ。
オレがまっすぐ座れなくなったのに、
しゃんと背中を伸ばしてへいちゃら顔の奴がいたんだ。
あぁ、オレもそろそろ社長の辞めどきかも
しれないなぁ‥‥、って言ったら、
社長が辞めたらこうして一緒に酒を飲んでくれる人が
いなくなってしまうじゃないですか。
だからまだまだ、よろしくお願いいたします。
って、そいつが言うんだ。
オレ、泣いちゃったよって。




私なんか、いつも彼より飲んじゃうけどネ‥‥、って、
不敵に笑う。
母、ゴキゲン。

「奥様はひとりでこういうバーに
 お越しになることがあるのですか?」
と、一緒にテーブルを囲む女性のスタッフからの
質問が出る。

こういうバーはやっぱり殿方に連れてきていただくのが、
女性としてはありがたいわよね。
うちの息子みたいな頼りないオトコの子でも、
一人いるだけで空気がキリッとしまるもの。
でもときおり。
一人でフラッときたくなるような
シチューエーションがある。
例えば、一人で旅行にいって
ひとりで部屋に閉じこもっているのが
ちょっとさみしいようなとき。
ホテルのバーに行ってみようか‥‥、と。
そんなときには手ぶらじゃいかない。
カチッとちょっと上等なハンドバッグを手に持って、
冬ならコートを必ず着るの。
このホテルに泊まっているって
ひと目でわかるような格好で、
女性ひとりでホテルに行くのはあまりに無粋。
コートを脱がせてもらうところから、
サービスだったりするものね。

そして凛々しく背筋を伸ばして、
バーテンダーにそっと伝える。
ホテルに泊まっておりまして、
この街のコトを伺いたくて
やってまいりましたのよ‥‥、と。
良いバーテンダーは、それで了解。
話し相手をかってでてくれるモノ。
とは言えずっと、あなたの前にいてくれるかというと、
彼も本来の仕事があってそんなときにあなたは一人。
そのとき、絶対、寂しそうに見えちゃいけない。

頬杖を付く。
ため息を付く。
あるいは物憂げに舌なめずりをしたり、
化粧直しをしたりしない。
さみしいココロのスミマにつけ込むずるいオトコに、
変なメッセージを出さぬように
凛々しく振る舞うコトが必要。
でもそうした振る舞いは、
誰かと一緒にバーにきてお酒をたのしむときにも
心がけるべき作法。
考えてみれば、それって、
女性が生きていくことと同じじゃないかしら。
自分の人生に頬杖をついたり、
同情をひくためにため息をついたり、
自分を甘やかすような生き方は女らしいとはいえないの。

そして一堂、大きくうなずく。
そろそろ背中がつかれてきたわ‥‥、
おひらきにしませんこと?
と言われて時計を見たらちょうど90分ほどが経っていた。
夜を独り占めしないステキなバーというのは、
なるほどこういうお店のコト。

もし機会があれば、カシミアのカーディガンが似合うお店に
ご一緒したいと思うんだけど、あなたよろしくお願いネ。
ボクの方をみてニッコリ笑い、お勘定書きをボクに手渡す。
さて来週は、その
「カシミアのカーディガンが似合うお店」
の話をさせていただきましょう。
また来週。



2013-03-14-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN