レストランでメニューを読む。
おいしい時間の扉を開く大切な儀式のひとつ。
たのしくはあるけれど、
ちょっと緊張する瞬間でもありますよね。
特にはじめてきたお店で、
どのように注文すればいいか迷う。
その緊張をたのしみながら、
適切な注文をするためのヒントを
手に入れられればいいのだけれど、
その手がかりが見つける前に緊張に負け、ギブアップ。
今日のおすすめ。
あるいはメニューの一番上の
目立つところにある商品をたのめばいいや‥‥、って。
それじゃぁ、ちょっともったいない。

お店の人がたのんでほしいように料理を選んでたのむ。
そうするコトからステキなお店の時間ははじまる。
そのために、まず自分が今、
どんなお店にいるのかというコトを知っておく必要がある。
ヒントはメニューブックの中にあります。
お店の人は、料理をいくつかのカテゴリに分けて
メニューをみやすいように工夫することで、
自分のお店の特徴をお客様に伝えようとするのですネ。
そのメッセージを正しくうけとり、
的はずれでない注文をする‥‥、ココが大切。




まずレストランはそのメニューのスタイルで
大きく3つに分けるコトができるのですネ。

食堂。
レストラン。
それ以外。

見分け方はとても簡単。
メイン料理+サイドディッシュ=食堂。
前菜+メイン料理=レストラン。

生姜焼き定食に冷奴をつけて‥‥、
って言う注文はつまり食堂的な注文ですよね。
ハンバーガーにフレンチフライっていうのも同じく食堂的。
サーロインステーキにグリーンサラダとスープを添えて、
というのも食堂的な楽しみ方になるでしょう。
腹ペコさんがその空腹をなるべく早く満たしたい‥‥、
と思ってやってくるのが食堂で、
だからそこで料理を作る人たちは
どんな料理もなるべく同じ時間で提供できるよう、
その品揃えや調理方法を工夫する。
ファミリーレストランなんてその典型。
あれはファミリーレストランじゃなくて、
ファミリー食堂だってボクはずっと思ってる。

同じ肉料理でも例えば、牛頬肉の赤ワイン煮。
手間がかかります。
時間もかかる。
たのんですぐに、はい、どうぞと
お客様のテーブルにお持ちすることは
事前に作って凍らせてでもしない限りはむつかしい。
一般的に料理を心穏やかに待つことができる時間は10分、
長くて15分くらいなんだよ‥‥、と言われています。
テーブルに案内されて注文をして、
20分待っても30分経っても
料理がでてこないようなお店では
いつ暴動が起きてもおかしくはない。
そこで「前菜」という料理の出番。
あまり手間や時間のかからぬ料理をまずは食べながら、
メインの料理がくるまでをユックリ時間をかけてたのしむ。
これが「レストラン的」楽しみ方というコトになる。

そもそも前菜のコトをオードブルって呼びますよね。
Hors-d'oeuvre。
フランス語で書くとこうなって、
ウーブルは「作品」、
オールは「以外」って意味になる。
つまりオードブルっていうのは「作品以外」。
お客様をおもてなしするため、
時間と手間をかけて仕上げるメインディッシュが
作品だとすれば、
その作品に至るまでの「時間稼ぎ」のためのお料理。
下ごしらえさえしておけば、
それほど時間をかけずに提供できるという
特徴をもっているのが前菜料理。
お腹いっぱいになることが食堂的なるお店の目的。
それに対して、たのしい時間をおいしい料理で彩るコトが
レストラン的なる店の目的。
メニューを開いて前菜料理が占める割合が
多ければ多いほど、
そのお店は時間をたのしむ性格が強いんだなぁ‥‥、
と思えばほぼ間違いない。

この前菜的料理の割合がどんどん増えて、
まるで「前菜ばかりのメニュー」のように
なってしまったお店がカフェであったり、
居酒屋だったり。
あるいはバーと呼ばれるお店。
食堂でもない、レストランでもない第三の存在なのです。
こう考えてみると「寿司」という、
明確なメイン料理が存在せず
永遠に前菜のようなモノばかりが
提供されつづける料理を提供する店が、
「Sushi Bar」と呼ばれるという理由のひとつが
そのメニュー形態にあるんじゃないかとも思いますよね。




カフェや居酒屋のような店では自分が食べたいものを、
思うがままに注文すればそれで良い。
ボヘミアンな自由をたのしむお店であります、
料理が出てくる順番だって
「でき次第でいいですよ」
っていうのが粋というモノでしょう。
一方、食堂やレストランでは
まずメインの料理をエイヤと決めます。
食堂ならばメインだけでもよし、
そのメインの料理を引き立てるような
サイドをとればなおたのし。
レストランならメインがやってくるまでの時間を
たのしくつぶせる料理を‥‥、という具合。

難しいのが食堂のようにも、
レストランのようにも使えるお店。
例えばちょっとカジュアルな
ビストロっぽいお店に行ったとしませんか。
パスタで手軽にお腹を満たしている人もいる。
ワインを片手に、
魚のグリルを食べている人もいるような、
お客様の都合にあわせて、
食堂のようにも、
レストランのようにもふるまうコトができる便利なお店。
そこで季節の野菜ときのこのサラダに、
ステーキサンドイッチを選んでたのむといたしましょう。
たいてい、こう聞かれます。
「サラダはサンドイッチとご一緒に
 お持ちしましょうか?
 それとも、サラダをお召し上がりのあとに
 サンドイッチをお持ちいたしましょうか」‥‥、って。
一緒にお願いといえばコーヒーはいかがしましょう。
別々に、とお願いすれば
ワインリストはご覧になりますか?
ってサジェスチョンが続くはず。

実はこのお店に通うようになって間もない頃に、
こんなコトがありました。

ボクはニューヨークという街に
ちょっと負けそうになっていて、
嫌なことが続けざまにあったんですね。
でも負けてたまるかと肉で腹一杯になりたかった。
それでお店に飛び込んで、メニューを見たら
本日のスペシャリテがなんとステーキ。
しかもブラックアンガスという
アメリカが誇る黒毛牛のフィレを
焼いてくれるというではないの‥‥、
迷わずそれをたのみました。
まだ新人とおぼしきウェイター。
なんの戸惑いもなくボクの注文を受け取って、
それだけでいいですか? と聞く。
ボクはちょっと迷いました。
説明書きを読めば
肉は400gを優に超えるであろう大きさ。
付け合せにはフレンチフライと
野菜のグリルがついているという。
それ以外の料理をお腹に収める余裕は
おそらくないだろう‥‥。
けれど、もしもそれだけ大きい肉が分厚いならば、
焼きあげるのに時間がかかる。
ただウェイターもそれで納得したのだから、
おそらくほどよき薄さのけれど
大きな肉が焼かれてくるのだろう‥‥、
と思ってそのまま、ノンビリ待ってた。

10分ほどもしましたか。
年かさのおじさんウェイターが
ボクの注文をとったウェイターくんとやってきて、
申し訳ない、
あなたの注文されたステーキは
40分ほど焼きあげるのに時間がかかる。
ちょうど今、周りを炭で焼き固めていて、
それが終わるとオーブンの中に投入される。
芯まで軽く火を通したら、
今度はしばらく休ませて、
それから最後の仕上げにはいる。
いつもお出ししているステーキとは、
まるで違った焼き方で、彼にはそれを教えてなかった。
ところで私からのサジェスチョン。
サイドのフレンチフライを
まずはご用意させていただきたい。
それを前菜がわりにされて、
もし、お好みでしたらグラスワインをご用意しましょう。
ワタクシからのサービスとして‥‥、と。
ボクはそれを快諾し、
小一時間ほどしてやってきたそのステーキは
見事に分厚く、しかしナイフを当てると
スパッと切れるすばらしさ。
中はキレイなロゼ色で、他に何を食べることなく
ボクのお腹はいっぱいになり、
なによりニューヨークという街に
立ち向かっていく元気をもらえた。

そしてそのとき、
ボクにグラスワインをおごってくれた
ベテランウェイター氏がブライアン。
次回は、メニューの読み方。
その決め方の、つづきです。


2012-01-26-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN