支配人のブライアン。
入り口近くのテーブルを指さして、こう続けます。

あのテーブルは表を通る人たちから、
よく見えるテーブルなんです。
しかも交差点で信号待ちする人たちが、
手持ち無沙汰に見つめた先に、
必ず眼に入るのがあのテーブルに座った方。
ステキな方に座っていただけると、
このお店までもがステキにみえる。
ですから豪華でうつくしいご婦人に
ぜひ座っていただきたいテーブルなのです。
けれどご覧のように、
今日のような冬の日には凍えそうなほどに寒い席。
夏は夏で暑くて埃っぽい席でもあります。
つまり居心地は悪いテーブル。
でもそんなテーブルで、涼しい顔して凛と座っている女性。
ひときわ魅力的にみえるはず。

「やせ我慢のテーブル」
ってみんな呼んだりしているんです‥‥、
って言ってニッコリ。

そこに座る人によって、お店が得するテーブルがある。
たしかにボクがやっていたお店の中にも、
お店に来てもらいたい人の
イメージにあったお客様に座ってほしいテーブルがあった。
お店の中から目立つのでなく、お店の外から目立つ席。
おしゃれな人がそこに座って
おいしそうに料理を食べてくれると、ウレシクなっちゃう。
そんなテーブル。
お店とお客様はもちつもたれつ、助け合い。

「見栄っ張りのテーブルっても言うんじゃない?」
って、ケンが横槍。
「ただでさえ背が高くって目立つのに、
 もっと目立とうってエマはいつも背伸びしてるもの」
って、余計なコトを口にする。

あなたなんかはあの柱の陰。
お金儲けが大好きな人が、
なにか陰謀や企みを巡らせるのにぴったりな、
目をしのぶようなテーブルが
一番ピッタリしてるんじゃない?
エマはイライラしながらそういう。
せっかくの社交的にして
みんなが仲良くなれるはずの丸いテーブルが、
トゲトゲしてくる。
こりゃいけない‥‥、と、ボクはいいます。

「うつくしい人の見栄はおしゃれ‥‥、
 言葉を変えればそういうコトじゃないかと
 思うんですけれど」

エマはニッコリ。
あなた気のきいたコトを言うじゃない‥‥、って。
珍しくお褒めの言葉を頂戴します。
ジャンはすかさず。
「うつくしい女性のやせ我慢は、
 セクシーってコトなんだよね」って。

そのおしゃれでセクシーな女性のために
こちらを一杯いかがですか?
と、あのテーブルに座ってくれたうつくしいマダムに
店からワインをサービスするのが、
支配人としての私の仕事。
次に当店に来られたときには、
ぜひワタクシに、ワインをサービスさせてください。
ブライアンは、そうしめくくる。

エマとジャンはみつめあい、
ニッコリしながら手と手をつなぐ。
あのテーブルなら自然に肩をよせあえるから、
ボクたちにこそピッタリなのかもしれないね‥‥、って、
さすがにジャンはサラッと甘い言葉をかける。
このテーブルに再び笑顔が戻ってきます。




ブライアンはエマとジャンに向かって言います。
お二人ならばあの席ではなく、
「恋人たちのテーブル」に
ご案内させていただくことになると思います‥‥、と。
そして指差すテーブルをみると、
それは一際小さなテーブルで、
お店の隅にチョコンとあった。
椅子は2つ。
それも正方形のテーブルの角をはさんで並んで置かれる。
ウェイターの作業動線を確保するため、
その場所にしか椅子を置くことができなくなってて、
当然、そこに座るふたりは
肩を寄せ合い仲良く座るコトになる。

「エマとボクは恋人のようにはみえない、
 というコトなのか‥‥、」
と、ボソリとつぶやくボクに
「残念ながら」とブライアンがやさしくいいます。

お二人でいらっしゃるお客様が、
どんな関係でどんな席がふさわしいか。
それを見きわめ、お客様がよろこばれる席に
ご案内できたとき。
今日は良いサービスをさせていただけるに違いないと、
ウレシクなるんですよ。
だからこのお店でお待ち合わせになるお客様には、
ちょっと緊張いたします。
さりげなく、一言ヒントをいただければ‥‥。
たとえば
「妻があとからやってくるモノですから‥‥」とか一言。
そうすれば、サービスがキチンとできるテーブルを
ご用意させていただけるのです。




自分の店のひとつひとつのテーブルが持つ特徴、
パワー、イメージを熟知している人の働くレストラン。
こんなお店をみつけるなんて、
シンイチロウはラッキーだね‥‥、
って褒められ、ボクはうれしくなります。

「ねぇ、そろそろ食べるものを決めようよ」。

そうね。
そうだね。
その通りと、みんなは再びメニューに気持ちをうつします。
ただエマは、チクリと一言、添えることを忘れません。

オトコの見栄は戦争を、
オトコのやせ我慢は哲学くらいしか産まないモノね。
どっちも私は嫌いだわ。
今日はたのしくまいりましょう‥‥、って。

メニューの読み方。
その決め方を来週おはなしいたしましょう。


2012-01-19-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN